ご訪問くださいまして、

有り難うございます。

 

れっつごうです(^^)

 

私、ちょっとしたボランティアを

始めてみることにしたのですが(^^;

 

そこで、直接は関係ないのですが、

たまたま、

BS11の「報道ライブ」を見ることになって、

 

奥田知志

さんの存在を

初めて知ることとなりました。

 

氏は、牧師さんですが、

抱樸(ほうぼく)

というNPO法人で、

ホームレス・困窮者支援を、

32年以上も実践されている方です。

 

NHK「プロフェッショナル仕事の流儀」

にも2回出演されています(^^)

 

今回は、

その奥田知志さんの本、

 

「逃げおくれた」伴走者

 

 

を紹介・解説いたします。

 

(ちなみに、今、話題の、

「逃げ恥婚」とはまったくは関係ありません(^^;)

 

さておき、(笑)

 

この本、

「はじめに」

から、いきなり掴まれます!

 

 

「『逃げ遅れた』

伴走者」。

 

本書はそう

名付けられた。

 

「伴走者」は、

私たちが提唱し

実践してきた

伴走型の支援者

のことであるが・・・。

 

 

『逃げ遅れた』

支援者とは、

どういうことでしょうか。

 

 

時折取材を受ける。

 

「なぜ、

三十年以上も

このような活動を

続けられるのか」。

 

質問の答えに窮する。

 

「揺るがない信念」

「消えない情熱」

「海よりも深い愛」

・・・。

 

そんな言葉が

ちりばめられた返答が

期待されているのだろうが、

申し訳ないが

そう答えるわけには

いかない。

 

 

えっ、

そう答えるわけには

いかない?

 

 

始めた頃、

少しは

「そんな大それたこと」

を考えた。

 

だが、

それは瞬く間に

現実の中で潰えた。

 

正直

「逃げ出したい」

「もうやめたい」

そんな思いに

何度もなった。

 

どれだけ手を伸ばしても

届かない人の現実は、

私たちを諦念へと

常に誘った。

 

 

う~ん、

そりゃそうですよ。

 

ホームレス・困窮者支援。

 

理想と現実は、

違いますもん・・・

 

 

一方、

「出会った責任」

ということが

常に問われた。

 

人は出会ってしまうと

「なかったこと」

にはできない。

 

だから

「出会った責任がある」

と自分たちに

言い聞かせていた。

 

だが

「責任」って何だ。

 

そもそも、

人が人に対して

「責任を取る」

ことなどできるのか。

 

そんな

葛藤の中で

「出会った責任がある」

ということと

「出会った責任を取る」

ということは

全く違うということに

気づかされた。

 

私たちは、

「責任を取ること」

はできない。

 

どんなに頑張ったとしても。

 

だから

「出会った責任がある」

と、

ただただ言い続けたのだ。

 

責任を取れないまま

三十年の月日が過ぎた。

 

 

責任は取れないまでも、

見て見ぬふりは、

できなかったのですね・・・

 

 

「引き受ける勇気」

はない。

 

しかし、

厄介なことに

「逃げる勇気」

もなかった。

 

神は、人に

「強靭な勇気」

をお授けには

ならなかったのだ。

 

「引き受ける」

と思うと腰が引ける。

 

しかし、

この脆弱さには

「皮肉な恵み」

が含まれていた。

 

そんな

「気の弱さ」

ゆえに

「逃げる」

こともできなかった

ということだ。

 

「引き受ける」

こともできず、

「逃げる」

こともできない。

 

結果、

「逃げ遅れた人々」

が現場には

残された。

 

 

「逃げ遅れた」

という意味は、

こういうことだったのですね・・・

 

 

「逃げる勇気が

なかっただけ」

 

と正直に言ってしまうと、

「立派」

と評価された活動の

メッキは剥げる。

 

別に嘘をついた

覚えはない。

 

良い、悪いの

問題ではなく、

それが私の、

そして

抱樸(ほうぼく)

の現実だった。

 

「嫌だなあ」

「逃げたいなあ」

「なんで俺が」。

 

そんなつぶやきが

とめどなく現場から

聞こえてくる。

 

でも、

「逃げる勇気はない」。

 

仕方なく

今日も現場に通う。

 

私たちは、

「すばらしく弱かった」

のだ。

 

何が

「すばらしかった」

のか。

 

それは、

たとえ

仕方なくとも

赴いた現場で

思いがけない

出会いを経験したことだ。

 

それは、

大変だけど

決して不幸ではなかった。

 

逃げ遅れたことに

感謝さえできた。

 

 

現場とは、

ホームレス支援の

「炊き出し」

のことですね。

 

ホームレスや困窮者を、

「引き受ける勇気」

もなければ、

そこから、

「逃げる勇気」もなかった。

 

なぜなら、

弱かったから、

単に、逃げ遅れただけ・・・

 

(正直と言うか、

とても誠実で謙虚ですね・・・)

 

しかし、

逃げ遅れることが、

弱さだとしたら、

この「弱さ」って、

人間として、大切だと思います。

 

たしかに、

逃げ遅れただけ

というのが、

本音なのかもしれないですが、

人間、たまには、

「逃げ遅れる」ことも必要かも。

 

と思いました(^^;

 

 

今の世の中は、

基本的に、

「効率主義」

「損得勘定」

で動いています。

 

「損」なこと、

「めんどくさい」ことからは、

できるだけ、遠ざかった方がいい。

関わらない方がいい。

早いとこ、逃げた方がいい。

 

という風潮があります。

 

もちろん、私も、

ご多分に漏れず、

「効率主義」

「損得勘定」

で動いている人間です(^^;

 

自慢ではないですが、

けっこう、逃げ足も、

早い方かもしれません(^^;

 

たとえば、

収入には、限度がありますので、

生活していく上では、

まず、これは、

「効率的」か、

「得」かどうかを考えて、

生きているところがあります。

 

しかし、

人生、図らずも、

行きがかり上、

逃げ遅れてしまうことは、あります。

 

私だって、もちろんそうです。

 

それは、

生活上では、

「損」なことかもしれません(^^;

 

しかし、

そんな時には、

それはそれで、逃げ遅れたことを、

受け止めたい。

 

そして、

同じように逃げ遅れた人

とのご縁を、大切にしたい。

 

いや、

むしろ、時には、

あえて、逃げ遅れてみることも、

必要なのではないか。

 

そんなことを考えます(^^;

 

 

遠藤周作さんの、

「愛するとは、棄てないこと」

 

という言葉を、

ふと思い出しました・・・

 

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次回に続きます。

 

今回も最後までお読みくださいまして、

有り難うございました😊