ご訪問くださいまして、
有り難うございます。
れっつごうです(^^)
中村元先生の
の内容から、
私の印象に残ったところを、
紹介・解説しています。
ちなみに、
引用箇所以外は、
私個人の勝手な解釈であって、
必ずしも、学術的に正しいというわけでは
ありませんので、ご容赦くださいね(^^;
で、
今回は、
「自灯明 法灯明」
(じとうみょう ほうとうみょう)
というブッダの教えを紹介します(^^)
この教えは、
ブッダ最後の説法だといいます。
この世で
自らを島とし、
自らをたよりとして、
他人をたよりとせず、
法を島とし、
法をよりどころとして、
他のものをよりどころと
せずにあれ
「島」は「洲」という意味だそうです。
インドでは大洪水のとき、
よく大地が水浸しになりますが、
その中にできる「中洲」が拠り所、
すなわち、
人々の命の綱となるようです。
そういう意味で、
この世の拠り所になるのが、
まずは
「自分」
それと
「法(ダルマ)」
(ブッダの教え)
ということなんですね(^^)
「他人」ではなく、
「自分」が拠り所になる
というのが、
ブッダの教えの
すばらしさだと思います!
少し横道にそれますが、
カウンセリングでは、
「答えはクライアントの中にある」
といいます。
過去の様々経験から、
たとえ、深い傷つきや、
認知の歪みを持ってしまったとしても、
それを、解決する力は、
クライアント自身の中にある。
カウンセラーは、
受容と共感を通じて、
そのお手伝いをする。
という考え方ですね(^^)
臨済宗の
では、冒頭に、
「衆生本来仏なり」
といいます。
人はもともとは、仏である。
(仏性を持っている)
ということですね。
しかし、
私たちは、生きていると、
いろいろな煩悩(エゴ)にまみれてしまいます。
私などは、
ほんと煩悩の中にどっぷりつかっていて、
自己嫌悪に陥ることも多いのですが(^^;
そんな時こそ、
「自灯明」
まずは
自分を見つめる。
自分自身の
いま・ここ
に目を向ける。
そして、
「法灯明」
ブッダの教え、
すなわち、
「中道」
(その時その時の最適なバランス)
を心がける。
煩悩に
覆い隠されてはいますが、
ほんとうは、
自分の中には、
「仏性」が宿っている。
そんなふうに、
考えたいですね(^^)
(ちなみに、この解釈は、
私の勝手な解釈で、
中村元先生の解釈ではありません)
ブッダは、
最後の説法、
「自灯明 法灯明」
のあと、
旅を続ける中で、
鍛冶工の子チェンダから、
食事の接待を受けます。
そこで出された、
キノコ料理で、
食あたりを起こしてしまいます・・・
こういったエピソードも、
ブッダが実在した人間、
「人間ブッダ」
だったのだと感じさせます。
しかし、それが原因で衰弱し、
やがて死に至ってしまうのですが、
ブッダは、チェンダを恨むことなく、
むしろ、傷つけないように、
「このおかげで、
ニルバーナ(涅槃の境地)
に入ることができる」
と述べています。
ブッダの深い慈愛を感じますね(^^)
ブッダは、
屋外の木の下で、
多くの弟子たち、
さらに、
多くの動物たちにも囲まれて、
入滅された(亡くなった)といいます。
(リンク張らせていただきました)
よく、お寺や博物館にありますよね。
(涅槃仏像もよく見ます)
私、この涅槃図が好きで、
よく見とれてしまうのですが、
動物たちにも惜しまれつつ、
亡くなるお姿、
これは、たとえ、フィクションだとしても
いいですよね。
イエスの十字架の死、
私たちの罪を背負いながら
亡くなるお姿も、
ドラマティックで感銘を受けますが、
ブッダの、
動物たちにも囲まれながら、
穏やかに入滅されるお姿も、
自然と一体な感じが、
東洋的でいいな、と思います(^^)
中村元先生は、
「人間は苦なる存在である」
というのは、
仏教の出発点であって、
数十年の熟慮反省の結果、
ついに
「人生の味わいの深さ、
美しさ、楽しさ、喜び」
を体得するのが
本当の仏の教えだと
思います。
と述べています。
私も、人生を終える時には、
「人生の味わいの深さ、
美しさ、楽しさ、喜び」
を体得した!
と心から思える生き方をしたいなあ、
と憧れます😊
今回も、
最後までお読みくださいまして、
有り難うございました(^^;
次回は、
別の本を紹介しますね(^^)
