ご訪問くださいまして、

有り難うございます。

 

れっつごうです(^^)

 

あれっ、

この本の紹介、

前回で最終回だったはずですが・・・

 

何か、大切なことを

いい忘れたような気がしてきまして(笑)

 

性懲りもなく?

続けさせていただきます(^^;

 

私のイエス―日本人のための聖書入門

 

からの引用です。

 

作者の遠藤周作さんは、

ひじょうに重い病気にかかりまして、

3度も手術をされた経験があります。

 

その時・・・

 

少し長くなりそうですが、

引用させていただきます。

 

 

私はわがままな男なので、

手術後、

手術室から運ばれて

間もなく、

痛みのために、

さかんに、

 

「麻酔薬を打ってくれ。

麻酔薬を打ってくれ」

 

と叫びました。

 

しかし、

麻酔薬というのは

あまり打ち過ぎると、

モルヒネならモルヒネの

中毒にになるため、

医者はなかなか

打ってくれないものなのです。

 

 

これ、

私も経験があるので、

よくわかります(^^;

 

30代前半のころ、

膵炎で2回ほど入院したのですが、

痛み止めの注射って、

一定の間隔をあけないと、

打ってくれないんですね。

 

私も、弱い男なので、

痛みに耐えかね、

何度も、ナースコールのボタンを

押しました。

 

が、だめなんです・・・

 

 

その時、

看護婦さんが

私の手をじっと握って、

ベットの横に

すわってくれたのです。

 

すると、

あなたは信じられないかも

しれませんが、

痛みが少しずつ

鎮まってきたのです。

 

 

あとになって、

私はこの理由を

考えてみました。

 

そして、

ある一つのことが

わかったのです。

 

それは、

人間の苦痛というものには、

かならず

孤独感というものが

つきまとっていると

いうことです。

 

卑近な話をすれば、

もし、あなたが

歯が痛くて

眠れなかった夜が

あったとすれば、

その夜を思い出してください。

 

歯が痛かった夜

というのは、

全世界の中で

自分だけが歯が痛い、

と思って苦しむのです。

 

全世界の中で

歯が痛い人間は

ごまんといるにもかかわらず、

歯の痛い人間というのは、

自分だけが

歯痛に苦しんでいる、

と思います。

 

それと同じように、

ある不幸な目に遭った人は、

かならずひとりぼっちで

それを悩んでいる、

と思いつめているのです。

 

これは、

精神的な苦痛だけでなく、

肉体的な苦痛の場合でも

同じことです。

 

だから、

その肉体的な苦痛の場合、

誰かがじっと手を握って

側にいてくれれば、

苦しみの50%を占めている

孤独感は消えるのです。

 

ということは、

苦痛の中に占める

精神的な苦痛の部分である

孤独感がなくなり、

肉体的な苦痛だけになり、

痛みは半減してしまうことに

なるのです。

 

だから、

手を握ってもらえば、

人間の痛みは

だんだん鎮まっていくのです。

 

私は体験を通じて、

このことがわかりました。

 

(中略)

 

イエスは、

病に苦しんだり、

悲しみに打ち沈んだ

人々の横にいて、

つねに手を握ったわけです。

 

そして、

その行為こそ、

奇跡物語の

本質的な問題があったのです。

 

私は、

イエスが

病人を治したというような

奇跡物語を、

イエスが

肉体的な苦痛を治した

ということよりも、

それに伴う

人間の孤独感というものを

分かち合おうとしたこと、

 

そこに大切な問題が

あるのだと思って

読むことにしています。

 

私がそういうふうに

読むようになったのは、

私の病気の体験以後の

ことでした。

 

そして、

その日からの奇跡物語も、

私にとってはひじょうに

意味のあるものに

なったのです。

 

 

「人間の苦痛というものには、

かならず、孤独感というものがつきまとう」

 

これ、実感として、

分かります。

 

私は、孤独は嫌いではなく、

一人になれると、

ほっとすることも多いのですが(^^;

 

でも、それって、

実際に孤独ではないからなんですね。

 

若い頃、何度か

見知らぬ土地に一人旅をしましたが、

何日かすると、

寂しくなって、帰りたくなったものです。

 

帰れるところがあるから、

しばらく一人になってみたかった

だけなのです(笑)

 

「人はなくしてから、大切なものに気づく」

 

といいますが、

その通りだと思います。

 

身近な人たち、

家族、友人、職場の仲間、健康・・・

 

あるのがあたりまえではない。

 

入院した時、

いろんな人がお見舞いに来てくれて、

どんなに孤独感が和らいだことか・・・

 

いま、あるもの、

大切にしたいです😊

 

 

でも、

人間、図らずも、

孤独に陥ってしまうことがあります。

 

たとえば、

仕事を失う、家族の確執、

大切な人から裏切られる、

失恋、災害、不慮の事故・・・

 

病気や心の苦しみは、

身近な家族にだって、

(身近だからこそ)

理解してもらえないこともあります。

 

イエスは、

そんな人たちの手を握って、

ただただ、寄り添ったんですね。

 

ひたすら、人間の孤独感を、

分かち合おうとした。

 

超常現象のような奇跡は、

起こさなかったのかもしれません。

 

ただ、それこそが、

 

人間の孤独に、

寄り添い続けたことこそが、

 

ほんとうの

「奇跡」

 

だと思います。

 

 

幼い頃、

熱があるとき、

母親が、そっと額に手を当ててくれると、

少し楽になった・・・

 

そんなことを、

ふと思い出しました。

 

 

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遠藤周作さんのイエス像。

つまり、

人々の孤独に寄り添う、

同伴者としてのイエス像。

 

あまり、自覚はしていなかったのですが、

若い頃、

遠藤周作さんの本を読んで以来、

その姿が、

ずっと私の心の中に、存在しています。

 

それが、

私が、カウンセラー(メンタルコーチ)

の資格を取ることに、繋がったのか。

 

病気をしたことも・・・

 

これが、ユングがいった、

「コンステレーション」(布置)

なのかと、

今、このブログを書いていて、

感じています。

 

 

今回も、最後までお読みくださいまして、

有り難うございました(^^)

 

次回こそは、

別の本を紹介します(^^;

 

(紹介したい本はたくさんありますが、

なかなか書く余力が・・・とほほ(^^;)