ご訪問くださいまして、

有り難うございます。

 

れっつごうです(^^)

 

前回から、

2009年NHK大河ドラマ

の原作にもなった、

火坂雅志さんの歴史小説

天地人

を紹介しています(^^)

 

主人公は、

直江兼続

(大河ドラマでは妻夫木聡さん

が演じました)

です。

 

兼続は、

若かりし頃、

天下を狙うことなく

「人が人である美しさ」

という「義」にこだわる、

師の上杉謙信の考え方が

腑に落ちませんでした。

 

しかし、

謙信の死後、

さまざまな経験を積む中で、

心境に変化が出てきます。

 

上杉家のライバルだった、

武田家が、家臣の相次ぐ寝返りによって、

織田信長にあっけなく滅ぼされます。

 

(武田家は戦う以前に、

すでに内部から腐りはじめていた・・・)

 

兼続はそう思った。

 

山国甲斐から出発した

武田信玄は、

生涯に渡って領土を広げ、

右肩上がりの拡張政策をとりつづけた。

 

その家臣団は、

戦って実績を上げることによって

信玄から恩賞を約束され、

それがまた、

武田軍の強さのみなもととなった。

 

しかし、

信玄の死と、

それにつづく長篠の敗戦によって、

武田家の成長はおわりを告げ、

そこで働いても、

得られる利益はなくなった。

 

もともと、

「利」によって結びついていた集団だけに、

うまみがなくなったと見るや、

組織の崩壊は早い。

 

武田の家臣たちは

さらなる利益をもとめ、

主君を見かぎったのである。

う~ん、

現代の組織に当てはめても、

いろいろと考えさせられますね。

 

ちなみに、

上杉家のライバルだった、

武田家、北条家、織田家は、

戦国時代末期までに、

戦国大名家としては、

皆、滅んでいるんですね。

 

幕末まで続いたのは、

上杉家のみ。

 

他の3家に比べて、

必ずしも領国経営が盤石だったとはいえない上杉家が、

滅ぶことなく続いたのは、

もちろん、いろいろな要因があったにせよ、

謙信が根付かせた、

「人が人である美しさ」という

「義」の精神によるものもあったと思います。

 

上杉家が滅亡の危機に瀕した時、

すなわち、

武田家滅亡後、

織田家に圧迫され四面楚歌になった時、

ほとんど絶望的な状況の中でも、

家臣が裏切ることなく、

城を死守して、

最期は玉砕するということもありました。

魚津城の戦い

 

玉砕の是非は別にして、

武田家とは真逆ですね。

 

本能寺の変

織田信長が死んだののち、

再び群雄割拠となる中で、

上杉家と真田家が同盟を結びます。

 

その際、

あまり知られていないのですが、

若き真田幸村が、

人質として、上杉家にくるんですね。

(史実です)

 

この小説では、

幸村が、

直江兼続

と語り合い、

影響を受けたことになっています。

 

「亡き不識庵さま

上杉謙信

の時代に、

人心はひとつにまとまり、

国は平らかにおさまった。

どうしてだと思う」

 

兼続は言い、七歳年下の若者、

幸村の顔を見た。

 

「力ですか?」

 

幸村の問いに、

 

「いや」

 

と、兼続は

ゆっくり首を横に振った。

 

「力で人を支配し、

従わせるには限りがある。

その証拠に、

織田信長を見よ。

 

信長はおのれを中心とする権力を

築き上げ、

恐怖をもって人を屈服させようとした。

が、その末路は家臣にそむかれ、

織田家の栄華も、

砂の城のようにあっけなく崩れ去った」

 

「では、謙信さまは、

いったい何をもって、

人心をひとつにまとめ上げたのです」

 

「義だ」

 

兼続は、

さわやかな響きの声で言った。

 

「それは、

乱世の荒波をわたっていくうえで、

もっとも大事な

道しるべといってもいい」

かつて、謙信が言っていたことを、

兼続が語っていますね(^^)

 

次回に続きます(^^;

今回も最後までお読みくださって、

有り難うございました。