あれ?私が受けた教育、小学校から普通じゃなくね? | ごっこ遊びdeキャラメイク☆ヒカリサス☆山本麻生(ヤマモトマイ)

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どうも、私が受けた教育は、全国的に見て不思議なものらしい。

一番変わっていたのが、高校生。

当時社会科の先生が自由に50分しゃべる「国際授業」という名前の授業が週1であった。
哲学を中心に、テストに出ないことを学んだ。
宗教、神社の役割やゾーンについてもそこで知った。

この授業がなければ「ソフィーの世界」という哲学の小説を楽しんで読むことはできなかっただろう。
後の小説を読むときにも大変役に立った。

 

新装版 ソフィーの世界 上 ―哲学者からの不思議な手紙

 



そして、小学生では専門の美術の先生を招いて、デッサンをやらされた。
やらされたと言っても小学生だからたいしたことはしない。
「写生大会で先生の許可が出ないと色塗りに移れない」という制約ぐらいである。

たいてい、写生大会の日にはOKをもらえないので、美術工作の時間がしばらく写生大会の絵の仕上げになった。

そのおかげなのか「世界子供展」の入賞者を毎年排出していた。

一番普通だったのは、中学生だった。
当時、まだまだ普及していなかったパソコンを導入し、キーボードの打ち方とプログラムについて学んだ。

当時のパソコンは「画面が真っ黒だった」といえば、分かる人には、年齢と当時どれだけ珍しいことだったかを分かってもらえると思う。

ちなみに全て公立だ。

東京で今の若い人に話しても、びっくりされる内容だからどうもだいぶ先進的な教育だったようだ。

当時、周りから浮くほど勉強が好きな子供だった私は、進学するとき「勉強の楽しさを追求している学校」に行きたいと調べ、県内にないことに絶望していたのだけれど、ちゃんと希望した学校に行っていた。

「灯台もと暗し」とはこのことである。
必要なものは与えられる。
もし、あなたが欲しいと思うものが手に入らないのなら、意外ともうすでに持っているかもしれない。

けれど、たいていそのときは気づけない。
「手に入った」と思えるまでもがき続けよう。
もがいたあとに見えるものだから。

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これからの時代に必要な動画作りました

 

 


 

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