私は将棋はアマチュア四段である。大学院時代、天王寺の「三桂クラブ」や難波の「天狗道場」で、よく修行をした(笑)。
沢山のおっちゃん達の中で、よく揉まれたものである。大学院時代に、難波の天狗道場で習ったのが、他でもない、真剣師の大田学先生(当時88歳)であった。
大俳優、勝新太郎さんと大田学先生
真剣師というのは、「賭け将棋師」のことである。賭け将棋師と聞いたら、びっくりされる方もいるかもしれないが、この大田先生が若かりし頃の時代では、当たり前の「所業」であり、強い者は相手を求め、全国を行脚したという。
大田先生は、その代表格であり、一局の将棋で当時のベンツが買える程、賭けたことがあるというのだから、桁違いの、命がけの、勝負の世界でいた人であることは間違いない。
その大先生が僕の将棋の先生でもあったわけである。88歳にして、背筋は曲がらず、誰よりも歩くのが早く、私が「大田先生」と呼んだときには、もういなかったのだから、びっくりしたことを今でも覚えている。
将棋はというと、さすがは鍛え抜かれた勝負師の「実力」と「勘」は、相当なるもので、アマチュア四段クラスの僕の棋力では、
県代表の小学生が、相撲の朝青龍と戦うようなものであった。
左手にタバコ。 右手に駒。 このスタイルが大田流。
大田先生がタバコを吸って将棋をしている姿は、これほどまでに格好良いのかと今でも、写真を見ると思い出す。
そして、昔の人にしては、とても身長が高く、175センチは軽くあったのではないだろうか。ちなみに、61歳でアマチュア日本一の座に付かれた先生である。
そんな、伝説の勝負師、大田学先生も寿命には勝てず、92歳で大往生された。
先生、沢山のことを私は学びました。本当に有難うございました。
あのスタイルで、天国でもきっと将棋をしているのでしょうね。
~今日のヒトコト~
私は「本物」と出会ったからこそ、
「本物」になりたい!と思った。
