僕は最近、昭和史と天皇論を研究している。
なぜかと言うと、理系の大学院まで行っておきながら、
歴史を研究することがほとんどなかったからである。
起業して忙しいはずなのに、昭和史の研究なんて、何をやっているのだ!
とお叱りを受けるかもしれないが、それはとんでもない話で僕はむしろ、
『昭和史の研究をしているので、起業道中もモチベーションが上がる』と答えたい。
もうすぐ、9月27日がやってくる。
今日は日本人の皆さんに是非、知って頂きたい歴史を1つお伝えしましょう。
そう、64年前の日本で何が起こったのか?
まず、この質問にはほぼ100%の日本人が正しい答えを言うはずです。
すなわち、
『日本の終戦記念日はいつか?』
そう、この回答はご承知の通り、昭和20年8月15日である。
しゅみませんね。。簡単な質問しちゃいまして^^;
では、次にもう1つ、質問をしましょう。
『 連合国軍最高司令官マッカーサー元帥と大
元帥裕仁天皇(昭和天皇)が始めて出会ったのはいつか?』
思いっきり、基本ですが、マッカーサー元帥って誰?とか言わないでくださいね^^。
まさか、昭和天皇って誰?って言う人いないですよね^^。
余談ですが、家の亡くなった、曾おばあさんは、
マッカーサー元帥のことをよく、「マッサーカー元帥」と間違えていました^^;
小学生の私だったのですが、それはよく覚えています。
もうB29を直接見たというご老人はどんどん少なくなってきてるのでしょうね。
寂しいものです。戦争体験者がいなくなるというのは。
どんどん、小さい日本人が増えていく気がして。。。
さて、独り言はおいとて・・^^。
この答えは、昭和20年9月27日である。
左:連合国軍総司令官 マッカーサー元帥
右:大元帥裕仁天皇(昭和天皇l)
この写真は実は、27日にとられたものだが、新聞掲載は29日。
なぜなら、当時日本政府は掲載をとめようとした。
しかし、マッカーサー総司令部により、規制を撤廃せよとの連絡が入り、公開となったのである。
この写真がいかに、衝撃的だったか?
考えたらわかりますよね。
だって、昭和天皇の横にノーネクタイのマッカーサーが立っているわけです。
時の歌人、斉藤茂吉は「ウヌ、マッカーサーの野郎」と日記に書いています(笑)
よほど、腹が立ったのでしょう^^。
昭和天皇は、マッカーサーにこう言ったようです。
『私は、国民が戦争遂行にあたって政治、
軍事両面で行ったすべての決定と
行動に対する全責任を負うものとして、
私自身をあたなの代表する諸国の裁決にゆだねるためおたずねした。』
マッカーサーは『その覚悟に感動し、陛下にキスをしようとしたくらいです。』
と語ったとも言われている。
ただ、この会見の記録は公開されておらず、この40分に何が話されたのか?
は未だに定かになっていない。
一方、昭和天皇は、この会見については、
『マッカーサーと、これはどこにも言わないと約束したから』
と最後まで語られなかった。
それから、32年後の昭和52年夏の記者会見で記者の質問に答え、
マッカーサーとのその約束を守ることを『男子の一言』と表現されたのである。
終戦の昭和天皇、玉音放送から1ヶ月半後。
確かに、連合国軍総司令官マッカーサー元帥と、
大元帥裕仁天皇が会談をした。
その時、40分の二人の極秘会談が確かにあった。
その会談は、10年、いや、100年、いや1000年も今後続いていくであろう、
アメリカと日本の話し合いだったと私は想像する。
その日こそ、
昭和20年 9月 27日 なのである。
僕はこの事実、この歴史を知ったとき、感動して涙した。
歴史って面白い。
さらに研究は進む。
