随分と時間が経ち、「俺の“SASURAI TOUR”、始まる」と書いてもいまさらという感じになる。備忘録として書いておくつもりだったが、実はこの旅は不思議な縁の始まりでもあった。
この5月14日(土)に宮城県・仙台「誰も知らない劇場」で開催された大澤誉志幸と山下久美子のデュオライブ『大澤誉志幸SASURAI TOUR★SPECIAL★』を見ている(9月10日に神奈川県・横浜「ビルボードライブ横浜」で開催された『大澤誉志幸&山下久美子「Best of ❤︎POP&★SOUL ~明日に向かって歌え!!」』も見ている)。ライブの模様は既に書いているが、実は同ライブの後、俺の“SASURAI TOUR”が始まった。大澤と山下のデュオライブ終演後、午後7時30分には会場を出て、仙台駅へ向かっていた。寿司の名店が集う「すしや通り」(牛タンの名店が集う「牛タン通り」もある)の「仙令鮨」を目指す。立ち食いの小さな店だが、マグロの希少部位なども出す行列店である。ライブ前、仙台駅に着いて、すぐに当たりをつけた店だ。同所に着くと、流石、行列店である。長蛇の列。わずか、8席で、店側も急かせることなく、ゆったりと食べてもらうという姿勢だから行列は仕方ない。ところが30分ほど並んでいると、ラストオーダーは8時30分、その時間までに入店しないと並んでいても入れず、注文もできませんと言われてしまう。早くいってよーという感じだが、その声を契機に離脱する人が多く、一発逆転を期して、並び続ける。しかし、残念ながらあと一人と言うところで時間切れ。仕方ないので、もう一カ所、仙台駅に隣接する商業施設「S-PAL」にある「塩竃すし哲」を目指す。震災前に塩竃を訪れたことがあり、そこの寿司が絶品だった。そんな記憶もあり、同店にした。店は商業施設の地下街とは思えない落ち着いた作りで、客層も年齢が高く、学会の帰りみたいなグループもいた。価格自体も回転寿司や立ち食いほど、安くはないが、まぐろのとろ、赤身、鯛、鮑、ホッキ貝、ぼたん海老、うに、いくら、穴子、子持ちこんぶ、玉子焼きという10巻+玉子というセット「塩竃物語」はお得である。普段。うにやいくらを好んで食べる口ではないが、すんなりと入り、すぐになくなる。他のネタも口福という感じだ。同店のカウンターに座り、寿司を食すと、ちょっと、大人になった気分である(いったい、いくつだというツッコミはなしで!)。
「塩竃すし哲」
http://www.shiogama-sushitetsu.com/
ホテルに戻ると、翌日の宿を探すことにする。仙台なら奥座敷といわれる秋保温泉や作並温泉などが妥当だが、当たり前過ぎて、つまらない。以前、日帰り温泉に浸かっただけだが、山形の銀山温泉への再訪を考えた。銀山温泉への道中には「尾花沢・大石田・村山 おくのほそ道 最上川そば三街道」がある。山形のご当地グルメ「板そば」を食べるのも悪くない。
某店のHPから勝手に引用すると、“板そばは秋田杉で作られた板の器に乗った蕎麦。手打ちの田舎そばで、麺は通常のそばと比べて黒く太いのが特徴。 薄めのそばつゆをたっぷりつけて、そば本来の豊かな風味を楽しむことができる”という。
また、“一緒に食事された仕事や人間関係のご縁が、水(縁)がこぼれ落ちる「ざる」ではなく、早く「板」に付きますよう(順風満帆になりますように)との願かけと、細く長くそばに居られますようにとの縁起を担いで、「板そば」が振舞われ、仲間が揃った時に食べる縁起の良い〆の食べ物だ”そうだ。
しかし、銀山温泉で検索しても宿は出てこない。さすが、連休、そして仙台は祭りがあったばかり。いろいろ探して出て来ても宿泊代がとてつもなく高い。諦める。他を当ると肘折温泉(山形県大蔵村)という山形の新庄の山間の温泉が出てくる。宿泊代もリーズナブルである。1泊2食で、朝食、夕食ともに豪勢で贅沢ではないが、秘湯の湯らしい質素ながら食べたいものが網羅されている。何度か、検索していると、あと一室と出ている。なかなか、最後の一室が埋まらないようだ。実は“肘折”という言葉にも惹かれていた。実は肘ではなく、足首を折っているのだ。数年前、大山阿夫利神社の階段で転び、動けなくなり、救急車を呼んだことがある。足首3か所の骨折だった。緊急搬送された伊勢原の病院で手術し、20日間も入院することになった。退院後もリハビリなどを続けた。3か月ほどで松葉杖は取れ、1年後には骨を固定するために入れたボルトも取れているが、いまだにむくんだりする。肘折という名前から想像するに旅のものが肘を折り、それをかの地の湯で直したと言う縁起や由来ではないかと勝手に想像した。これは身体のためにも行くしかないだろう。
翌朝、ホテルを早くに出る。まずは新庄を目指す。レンタカーでも良かったが、思い付きの旅のため、ETCカードやサングラスなどを忘れたため、列車にする。実は、肘折温泉は山形の新庄から車で1時間ほどだが、情報を見ると、地震や豪雨などの災害で崩落が多く、ところどころ、通行止め、片側交通になっているという。“酷道”を運転する自信はなかった。JR仙山線・快速山形行きを羽前千歳駅で、JR奥羽本線新庄行きに乗り換え、16駅で新庄に着く。各駅停車の旅で3時間ほどである。椅子はたんまり空いていて、のんびり車窓の風景を眺めながら進む。忘れていたが、随分前に同線に乗車し、山寺まで行ったことがあった。静けさや岩に染み入るではないが、車窓からは急峻な山の中腹にある山寺の展望台も見えた。意外と覚えているものだ。
村山や大石田で途中下車したかったが、あまり便数の少ない肘折へのバスに確実に乗るため、まずは新庄に到着を優先する。同駅の観光案内所で話を聞くと、新庄そば街道と言われ、市内にもたくさん名店があるという。そんな中から駅から徒歩10分ほどの「手打ちそば さぶん」へ行くことにする。古民家のような作りの趣きある店だ。特に待つこともなく、座敷に通される。もりやせいろもあるが、ここは板そばにする。そばそのものは器だけのような感じもするが、田舎そばらしい歯ごたえ、舌さわりで、柔な感じがしないのがいい。そばとともに山形グルメのげそ天(ケンミンショー情報!)を頼む、結構な量で腹にくる。茨城の慈久庵のような繊細さはないが、喉越しも良く、流石、そば街道というだけある。
「手打ちそば さぶん」
https://tabelog.com/yamagata/A0604/A060401/6000041/
駅からバスで肘折温泉を目指す(「肘折ゆけむりライン」という村営バスが肘折温泉-新庄間を運行している)。街中を抜けると、鄙びた風景が広がる。舟形村から進路を変え、最上川を渡り、自然に抱かれた山間地帯をゆっくりと登って、標高を稼いでいく。険しい山道ではないが、やはり崩落などで一車線になっていて、片側通行のところもある。
巨大なジェットコースターのような日本最大級の鋼製ラーメン構造の「桟道橋・肘折希望(のぞみ)大橋」を渡り、細い道を下れば温泉旅館が20軒ほど、点在する景色が広がる。温泉街を周遊しながら「肘折温泉」のバス停に着く。いい意味でさびれ、いい意味で取り残された感もある。リノベーションされたきれいな旅館もあるが、あまり手入れのされていない旅館もある。ただ、さびれたままかとそうではなく、昭和の温泉地の風情も残す。大型のホテルなどはないが、郵便局や土産屋、菓子屋など、いい雰囲気を出している。ちょっとしたタイムスリップ感もあるのだ。
湯の郷 肘折温泉
https://hijiori.jp/
私が予約したのは銅山川の畔に立地した旅館で、日本秘湯を守る会の提灯が玄関に掲げらた「元河原湯」という旅館。肘折温泉の歴史は古く、開湯は平安時代にあたる約1200年前の大同2(807)年といわれている。「肘折」とは、その名の通り体の部位である肘が由来。老僧が肘を折って苦しんでいたところ、この土地の湯に浸かったら、すぐに傷が癒えたと伝えられている。思った通りだが、泉質はナトリウム-塩化物・炭酸水素塩温泉。切り傷ややけど、リウマチ、骨折などの外傷や胃腸病、皮膚病に効能が得られるとされ、昔から、近隣の人々が農繁期の疲れを癒したり、骨折や傷に有効な湯治場として賑わいを見せていたそうだ。
宿自体は古いながらも適宜な改良がされていて、清潔感があり、居心地がいいところだ。宿のスタッフも気さくで人当りがいい。
早速、温泉に浸かる。濁り湯は仄かに香り、暫くすると、心と身体がほぐれているのがわかる。温泉の効能のほどはすぐに出るわけではないが、慌ただしく列車やバスを乗り継いできただけに漸く辿り着いたという安堵感がさらに効能を倍増させている(はず!?)。
風呂のあとは夕食である。いわゆる囲炉裏料理だが、テーブルに並んだ食材を見て、驚く。馬刺しと松川かれいの刺身、山形牛A5と庄内豚の陶板焼き、いわな味噌田楽、こうな、あけびのつるの胡桃和え、あいこの葉天ぷら、ウドのドンコロ汁、手打ち十割そば、枝豆の擦り流しスープ……と、至れり尽くせりのラインナップ。食材の美味さを生かす味付けと調理、そしてご飯が香ばしく、やわらかい。何杯もお代わりしてしまう。山形のブランド米「つや姫」である。家でもつや姫を買うことはあるし、充分に美味しいが、水のせいか、東京で食べるよりもさらに美味しく感じる。
食後は風呂に入り、上がったらそのまま寝落ちする。夜中に目を覚まし、宿そのものが川沿いで、部屋も川側である。川は水量が多く、水かさも増している。“五月雨を集めて早し最上川”ではないが、激流で川音がうるさくも感じる。川音がうるさくて眠れないほど、神経質ではないので、感慨に浸る間もなく、気づくと寝ていた。
少し早めに起き、朝風呂を浴び、朝市を覗く、メインストリート(!?)の店の軒先に数軒ほど、並ぶ、小さな市だが、新鮮な山菜やと手作りの餅、味噌などを売っている。野菜をつけて食べるため、なんばん味噌を買い求める。朝市を売りにするほどの規模ではないが、ある種の風情を醸す。売り子である老婆との会話も肘折の奥底に触れたような気になる(あくまでも気のせいだが…)。
宿に戻り、朝食をいただく。これも充分過ぎる量である。生野菜に蒸し野菜に豆腐にとろろに味噌汁につきたて餅(餅は小豆やきな粉、納豆など、何をつけるか、リクエストできる)が並ぶ。日本の朝食と言う感じだが、やはり、ご飯が美味しく、お代わりをしてしまう。
食後には、肘折の公衆浴場に浸かる。旅館の宿泊者は無料で利用できるという。施設や備品など、何もないが、公衆浴場は旅館の湯屋とは一味違う温泉の醍醐味である。勘違いかもしれないが、その地に住む人達の息遣いや生活を感じとることができるのだ。
旅館に戻り、帰り支度をして、宿を後にする。また、肘折温泉のバス停から新庄駅へと向かう。途中、車窓から窓ガラス越しに景色を携帯に収める。肘折からは鳥海山と月山を望むことができる。どれがどこか、よくわからないが、それらしい景色を撮る。片側通行のところでバスが止まったので、そのまま景色を撮り続ける。わずか、数分だが、バスの運転手の方がもう撮れましたか、と、声をかけてくれた。撮り終えるまでバスを少し留めていてくれたようだ。思い込みかもしれないが、乗客は少ないものの、その一人一人に心配りをする。東京にいると無関心でいることが当たり前で、無関心に慣れすぎるくらいだが、関心を抱き、気にかける。SIONの「はやく慣れることさ」ではないが、都会とは違う風景や対応がそこにはあった。その言葉や出来事がやけに心に残った。
新庄から東京までは山形新幹線を利用すれば、3時間30分ほど、すぐである。このまま帰ってはつまらない。山形に寄り道する。考えてみれば、俺の人生、寄り道ばかり(笑)。新幹線ではなく、在来線で新庄駅から山形駅を目指す。JR奥羽本線山形行きで1時間10分ほどだ。
山形駅に着き、観光案内所で地図などを貰う。実は同所で食べたいものがあった。冷やしラーメンである。冷やしそばでも冷やし中華でも冷めんでもなく、冷やしラーメン。山形は隠れたラーメン王国で、冷やしラーメン以外にも鳥中華、とりもつラーメン、からみそラーメン、馬肉ラーメンなど、ご当地ラーメンが数多い。冷やしラーメンは“ARABAKI”(もしくは“FUJI ROCK”かもしれない)の会場で寒いにも関わらず食べた記憶がある。いつか、現地で食べたいと思っていた。氷の入ったラーメンなど、異色だが、清涼感がある。そんな寒くない時に食べたかった。冷やしラーメンの元祖は山形駅から車で5分ほどの本町にある「栄屋 本店」である。
「栄屋本店」
http://www.sakaeya-honten.com/
ちょっとした商店街のようなところにその店はあった。趣きは日本そば屋である。元々はそばやうどんを出していたところらしいが、中華そばを出すようになったが、そばの冷たいのあるので、中華そばの冷たいのはできないかという客の要望で誕生した。冷やし中華ではなく、冷やしらーめん(同店はラーメンではなく、らーめんと表記している)というのは捻りが効いている。味そのものはさっぱりして、癖がない。氷が入っていても違和感はないのだ。盛夏ならさらに美味しく感じただろう。ラーオタが集うというより、しっかり山形に根付いた店である。こってりやギトギトなど、ラーメンを食べた後の罪悪感を抱かないのも嬉しい。
食後は山形の中心街、七日町を散策する。飲食店や服飾店、化粧品店、宿泊施設、金融機関なども多く、活気に溢れている。旧家や蔵などを生かしたリノベーションした施設もあり、いい意味で時間が止まりつつもどこかしら新しさを醸す建物も少なくない。小さな用水路がある「七日町御殿堰」など、なんとなく、そこにいるだけで和む。店も拘りを持って、食材や商品を選りすぐった感じがした。
また、山形郷土館文翔館や山形美術館、山形県立博物館など、実際、入館して見たわけではないが、その存在が山形の文化度の高さを感じさせてくれる。路が広く、緑が多いのも歩いていて心地良い。城址公園なども解放感がある。大変、失礼な言い方だが、自分が思っている以上に山形は大きな町だったのだ。
同時に山形出身のあるギタリストのことを思い出していた。彼の音楽の魅力もこんな素地があってのことではないかと感じる。この時は、数か月後に、また、山形へ来るとは思っていなかった。
山形から東京へは新幹線に乗る。勿論、山形駅で平田牧場の「三元豚とんかつ弁当」と米沢の「牛肉どまん中」、そして「雪若丸」(「つや姫」に次ぐブランド米)など、買うことを忘れてはいない。





















