やはり、「フジロック・フェスティバル’25」の3日目、7月27日(日)の「WHITE STAGE(ホワイトステージ)」、佐野元春&THE COYOTE BANDのライブは見ない訳にいかないだろう。同時にそれを報告することは10年ほど前、2014年7年25日(金)に佐野元春がTHE HOBO KING BANDと「フジロック・フェスティバル’14」で行った“『VISITORS』(ヴィジターズ)完全再現ライブ”を見たものとして答え合せをする――それは義務にも感じていた。
少し前振りが長くなるが、当時のことを書かせてもらう。2014年7月25日(金)、午後3時50分に佐野元春&THE HOBO KING BANDは新潟県・苗場スキー場で開催された「フジロック・フェスティバル’14」のメインステージ「GREEN STAGE(グリーンステージ)」に登場した。クレジットは佐野元春&THE HOBO KING BANDとなっているが、この日、佐野元春(Vo、G、Kb)をバックアップするために集まったのは、
長田進(G)
井上富雄(B)
古田たかし(Dr)
西本明(P)
Dr. kyOn(Kb)
大井'スパム'洋輔(Perc)
山本拓夫 (Sax)
西村浩二(Tp)
Kumi(Chors)
という、The Heartland、THE HOBO KING BANDの歴代メンバー、サポートメンバーに加え、バッキング・ヴォーカルとして、ラブ・サイケデリコからKumiが参加している。
まだ、陽が明るいというか、強烈な日差しの中、へッドライナーの登場に向けて会場が盛り上がる前だが、ステージ前のモッシュ・ゾーンには熱心な佐野元春信者たるオーディエンスが集まる。この日、初めて佐野を知り、聞くというものも多いらしく、遠巻きに様子を伺うようなものも少なくない。SNSには揶揄を込め、ガラガラなどと書かいたものもいたが、決してそんなことはないと付け加えておく。
1984年5月にリリースされたニューヨーク滞在1年間の記憶と記録とでもいうべき、かの地でレコーディングした超弩級の傑作『VISITORS』。同作を携え、日本へ帰国後、The Heartlandのメンバーと1年以上に渡って全国ツアー『Visitors Tour』を敢行した。しかし、ニューヨークで生まれた音を日本でThe Heartlandのメンバーと演奏することで齟齬みたいなものが生まれていたことも感じていた。それがこのメンバーで演奏されることで、見事なまでに解消され、佐野が届けたかった音をそこに“再現”するとともに“アップデート”もされていた。そんな音楽的な収穫に満足を感じつつ、同時にその場の磁力みたいなものに違和感を抱いたことも事実である。いわゆる“フェス”と“佐野元春”との相性の良し悪しみたいなものを感じていたのだ。
佐野は2014年の「フジロック」以降、「サマソニ」(2016年)、「ライジングサン」(2015年・2025年)など、フェスなどにも積極的に出演。佐野元春のことをレジェンドとしてしか知らないオーディエンスを前にしてたじろがず、その真価を問う。そんな“武者修行”が佐野元春&THE COYOTE BAND(コヨーテバンド)というバンドの存在を確かなものにしている。
佐野が“フェス”という関門(!?)を乗り越えた瞬間というものがあったとしたら、それは2015年 8月14日(金)・15日(土)に石狩湾新港樽川ふ頭横野外特設ステージで開催された『RISING SUN ROCK FESTIVAL 2015 in EZO』(佐野は14日、「REDSTAR FIELD」に出演)ではないだろうか。
実際にその場にいたわけでも配信などで見ていたわけでもないが、まるで同時中継のようにSNSへ投稿される観客達の書き込みを見て、それを確信できた。その名前や存在を知るものの、初めて佐野元春を聞くという人が多かったらしく、そのパフォーマンスを新鮮な驚きで受け止め、知らぬ間にその魅力の虜になるものが続出。“かっこいい!”と絶賛するものもいた。新しい世代のオーディエンスも多く、世代を超え、誰もが歓喜と驚愕の声を上げる。続々と書き込まれる熱い思いに接して、私自身、その場にいるような興奮を味わっていた。そんな経験は初めてかもしれない。
また、書き込みなどには“今の政治はとっちらかっている。僕はこの国の人間として歌っていく”と、自らの意志を表明して、「国のための準備」を歌ったことも報告された。同曲は佐野元春&THE HOBO KING BANDが2004年にリリースした傑作『THE SUN』に収録されている。ニール・ヤングに「国のために用意はいいか?(Are You Ready For The country)」という“反戦歌”があるが、そのオマージュだろう。2015年に自らの思いとともに同曲を披露する。その姿勢も世代を超え、多くの共感を呼んだ。
佐野元春は2010年代以降、『COYOTE』(2007年)の制作を契機に誕生したTHE COYOTE BANDとともにホールやアリーナなどのツアーやコンサートだけでなく、全国のライブハウスを回るクラブサーキットを敢行、同時にフェスやイベントにも積極的に出演している。ライブバンドとしてTHE COYOTE BANDの強度を上げつつ、その間に佐野元春&THE COYOTE BANDは『ZOOEY』(2013年)、『BLOOD MOON』(2015年)、『MANIJU』(2017年)、『ENTERTAINMENT!』 (2022 年4月)、『今、何処』(2022年7月)、『HAYABUSA JET I』(2025年)という極上のアルバムをものにした。
現在、佐野元春はデビュー45周年、THE COYOTE BAND結成20周年という『佐野元春45周年アニバーサリー・ツアー』の真っ最中、7月5日(土) さいたま市文化センター 大ホールを皮切りに、12月7日(日) 横浜BUNTAIホールまで、全27公演という過去最大規模の全国ツアーを行っている。その間、7月に“フジロック”、8月に“ライジングサン”への出演を始め、10月11日(土)・12日(日)に京都・梅小路公園 芝生広場で開催されるくるり主催の「京都音楽博覧会2025」(佐野の出演は11日)、11月22日(土)・23日(日)に島根県・出雲ドームで開催される「出雲オロチフェス」(佐野の出演は23日)への出演が決定している。
と、少しどころか、前振りがかなり長くなったが、その日のことを書いておく。2025年7月27日(日)、「フジロック・フェスティバル’25」の3日目、午後4時20分過ぎ、佐野元春&THE COYOTE BANDは超満員の「ホワイトステージ」に登場した。
同ステージの収容人数は約15000名。「グリーンステージ」に次ぐ、2番目に大きいステージだ。7月25日(金)にはおとぼけビ〜バ〜、Suchmos、MIYAVI、26日(土)にはFAYE WEBSTER、FOURTET、27日(日)はMONO NO AWARE、ROYEL OTIS、羊文学、HAIMなどが同ステージに出演している。ホワイトステージは一番大きいメインステージとでもいうべき、「グリーンステージ」(同ステージへは入場ゲートから5分ほど)から距離は長く(中高年になればなるほど、長距離に感じる!?)、徒歩10分から15分ほどだが、人気バンドが重なると比較的広い通路は埋まり、30分以上かかることがあるから早めに移動をしなければならない。
この日は晴天。猛暑、酷暑である。恵の雨など、一切なく、観客が入場する前に観覧エリア(当然、席はなく、キャンプ用の折り畳み椅子も使用不可。基本的にオールスタンディング)に水が撒かれたが、その効果は一瞬で消える。
彼らの演奏時間が近づくにつれ、観客が続々と同所へ集まって来る。開演前に満員御礼状態。佐野と同世代の観客から下の世代、そしてもっと下の世代まで、様々な観客が集まった。ホワイトステージの前は観客の熱気でむせ返るほどだ。
佐野元春&THE COYOTE BANDのラインナップを改めて記しておこう。佐野元春(Vo、G、Kb)をバックアップするメンバーは、
深沼元昭(G)
藤田顥(G)
高桑圭(B)
小松シゲル(Dr)
渡辺シュンスケ(Kb)
というお馴染みのラインナップ。この日のためのゲストは一切なし。佐野元春&THE COYOTE BANDのメンバーのみである。
開演時間の午後4時20分を少し過ぎ、COYOTE達がステージに飛び出してくる。観客は熱狂と歓声で彼らを迎える。その瞬間、バンドとオーディエンスの幸せな関係が結ばれる。2014年のグリーンステージに興奮と熱狂はあったが、どこか、余所余所しかったことを思い出す。佐野元春&THE COYOTE BANDはフジロックに歓迎されている。それを一瞬にして感じさせる。
1曲目に披露されたのはセカンドアルバム『HEARTBEAT』(1981年)に収録された「君をさがしている(朝が来るまで)」だ。勿論、最新アルバム『HAYABUSA JET1』(2025年)で “再定義”したヴァージョンだ。
ステージと会場が一つになる。まるでさがしている“君たち”に出会えた瞬間だろう。両者はがっちりと握手を交わす。
佐野は満員の会場に“こんにちは!”と思いが口からこぼれ落ちる勢いで告げ、“暑いけど、最後まで楽しんでいってください!”と呼びかける。観客も手を上げ、歓声で応える。
「ヤングブラッズ」(1986年『Cafe Bohemia』)、「つまらない大人にはなりたくない」(1981年『HEARTBEAT』)を畳みかける。ともに『HAYABUSA JET Ⅰ』で“再定義”されている。
「ヤングブラッズ」では1985年のシングルリリース時に制作した同曲のプロモーションビデオをフィーチャーし、さらに同ビデオをコラージュした今回のツアーのために新たに制作された映像も流される。1985年と2025年を繋ぐかのようだ。
「つまらない大人にはなりたくない」は『HAYABUSA JET Ⅰ』収録の際に「ガラスのジェネレーション」から改題されている。2025年の新たな名曲とでもいうべき、アップデートされたこの3曲で、観客の心を鷲掴み。“掴みはOK”というところだろう。
佐野元春はデビュー45周年・THE COYOTE BAND結成20周年のツアーを行っているが、同ツアーのコンサートを踏襲するソングリストでもある。
そのセットから一転、「植民地の夜」(2022年7月『今、何処』)、「La Vita è Bella」(2013年『ZOOEY』)というTHE COYOTE BANDの名曲達を放つ。観客は先の3曲同様に歓喜を上げる。いまの佐野元春は観客に向けて新旧の名曲を繰り出す。「植民地の夜」は“まやかしの糸にからまって”や“事実なんかよりましなフェイク”、“邪悪なプロパンガンダ”、“人の心のもろいところ”、“狙っているテクノ・スパイダー”――など、時代を射るパンチラインが並び、心の深いところを刺激する。その内容とリンクするようにそのスクリーンに映し出される映像は先鋭的なものになる。一転、イタリア語で“人生は素晴らしい”という意味を持つ、世代や時代を超える究極のラブソングといっていい「La Vita è Bella」は人の心と身体を蕩けさす。
そしてコロナ禍にリリースしたアルバム『ENTERTAINMENT!』(2020年4月)のタイトルトラック「ENTERTAINMENT!」を披露する。
同曲は2019年から2021年にかけて配信リリースしたシングル5曲、「愛が分母」(2019年)、「この道」(2020年)、「ENTERTAINMENT!」(2020年)、「合言葉」(2020)、そして「街空ハ高ク晴レテ」(2021年)の1曲である(アルバム『ENTERTAINMENT!』はその5曲に「東京に雨が降っている」、「悲しい話」など、コロナ禍の風景をスケッチしレコーディングした曲を加えて完成させている)。
実は2020年に開催されるはずだった「フジロック・フェスティバル '20」は新型コロナウイルス感染拡大の影響により、24回目にして初の完全中止になった。翌2021年の「フジロック・フェスティバル '21」は海外からアーティストを招聘しての開催は断念され、国内のアーティストのみによる開催となっている。入場制限や環境の整備など、様々な規制や制約の中、開催された。
そして、2025年7月27日(日)は、佐野元春は“フジロックの空の下、みんなでロックしよう”呼びかける。佐野は当時、「コロナ禍に生きる僕ら。こんな時だからよりみんなとシェアしたい曲がある」とメッセージしている。佐野元春の眼差しや思いは世代を越えて同じ時代を生きるすべての人達に向けられた。『ENTERTAINMENT!』には心を鼓舞し、心温まるナンバーが収録されている。コロナ禍の中、不要不急のものとして、活動自粛する中、同アルバムに収録された「この道」などはリモートレコーディングして、その模様を2ヶ月という期間、誰にでも使用できるパブリック•ドメインという形でMVも公開している。佐野は自らできることを模索し、それらを作品として出していたのだ。佐野元春&THE COYOTE BANDは動くことをやめなかった。そのための充分な準備と細心の対応をしてきた。エンターティンメントの意義を改めて世に問うたのだ。そのことを忘れてはならないだろう。
佐野はTHE COYOTE BANDと作った『今、何処』(2022年)から「水のように」と「大人のくせに」を畳みかける。“Be water(水になれ)”はかのブルース・リーの言葉として知られているが、2019年の香港の民主化運動のスローガンにもなっている。元々は「上善如水」(最高の善は水の如し)という『老子』の一節で、道教の教え。水は、形や姿を変え、気体や固体にもなる。自由自在、変幻自在か。ブルース・リー世代には響く言葉だろう。同世代への呼びかけにも聞こえる。そして「大人のくせに」は、かつて“つまらない大人にはなりたくない”と願って大人になったKIDS達へ、いま贈るメッセージでもある。“もう大人なのに ナイーブな君だから 間違えて傷つけないように”という但し書きも忘れない。
そしてアルバム『VISITORS』の最後に収録された「NEW AGE」が披露される。同曲は2014年の苗場で行われた“『VISITORS』完全再現ライブ”でも最後に演奏されたナンバーである。先鋭的であるがゆえ、難解なところもあった革新と挑戦のアルバムの中で、同曲は過去曲との親和性もあり、素直にその場で受け入れられたことを覚えている。いい意味で、緊張が緩んだことを体感した。今回はその特色まま、いまの“THE COYOTE BAND”との親和性はより高く、すんなりと嵌り、この会場の観客に大歓迎される。いい意味で時が経ち、2014年の“THE HOBO KING BAND VISITORS”マナーが2025年の“THE COYOTE BAND VISIRORS”マナーへとアップグレードされる。観客が自分達の新しい“NEW AGE”を受け入れた瞬間ではないだろうか。
同曲から「約束の橋」(1989年『ナポレオンフィッシュと泳ぐ日』)への流れは誰もが抗えない。“今までの君はまちがえじゃない”という自己肯定感が横溢する。佐野とCOYOTE達は“約束の橋”を渡る。その一体感はこのメンバーでなければ生まれなかっただろう。
佐野は“いつか、きっと――20代の時に書いた曲ですけど、最近、近づいてきています”と語り、佐野元春が25歳の時にシングルとして1981年6月25日リリースした「SOMEDAY」を2025年7月26日に、本2025年3月13日に69歳になった佐野元春がCOYOTE達と披露する。44年前には、誰もがこんな風景は想像できなかっただろう。しかし、その曲は生き続け、永遠の名曲となる。懐古や郷愁では終わらない。聞く度に“信じる心”や“まごころ”を問いかけるのだ。不思議なもので同曲は世代や時代を超えて、惹きつける。世代の名曲に留まらず、時代の名曲となる。サブスクやダウンロードなどの影響もあるかもしれない。ヒット曲や流行歌だけでなく、過去の曲もいまの曲として聞かれる。そんな環境の変化もあるだろう。そんな中、名曲達は“みんなの歌”になっていく。
そして最後に、そして最後に「アンジェリーナ」が放たれる。いうまでもないが、1980年3月21日にリリースされた佐野元春のデビューシングル(1980年『バック・トゥ・ザ・ストリート』)だ。東京という街を「街の詩」と「街の音」で歌ったロックンロールである。
敢えて“再定義”という必要はないかもしれないが、「SOMEDAY」や「アンジェリーナ」が時代や世代を超え、いま聞かれるべき歌として2025年の意匠を纏う。それを観客はしかと受け止める。一体となって、ホワイトステージは歓喜と至福の渦を巻く。たくさんの愛が振って来る。佐野元春&THE COYOTE BANDは夏の苗場の覇者となる。2014年の雪辱、借り返したのではないだろうか。“VISITORS”完全再現ライブ”で感じた物足りなさは、フジロックが佐野元春をまだ、理解していなかったからかもしれない。同作の音楽性やメンバー、当時のスタンスなどを勘案すれば、グリーンステージではなく、唯一屋根のある「RED MARQUEE(レッドマーキー)」が相応しかったのではないだろうか。出演時間も昼ではなく、夜。闇に包まる時間。さらに前後にヒップホップテイストのバンドなどが出演していれば、『VISITORS』の意味合い、HOBO KING BANDのスタンスやサウンドなど、その意図が理解され、歓迎もされただろう。仕切りが悪いといいたいわけではないが、もう少し佐野元春という個性を把握していれば、また、違ったものとして聞こえてきたはずだ。
いずれにしろ、2014年に出来なかったことを成し遂げた。満員の観客と歓喜の時間を共有し、その場を多幸感溢れるものにした。そんな場にいれること、改めて佐野元春&THE COYOTE BANDをフジロックへ見に来た方は彼らから大きなものを貰ったはずだ。同時にデビュー45年にして、いまだに進化し続ける彼を見ることができる――なんて、幸せなことだろう。
繰り返しになるが、佐野元春の45周年、THE COYOTE BANDとの20周年は続く、機会があれば、どこかで見て欲しい。彼らは私達を落胆させることはない。


