サンデー銀次!「伊藤銀次 徹底研究2016 PART3」報告&「同PART4」告知 ! | Let's Go Steady――Jポップス黄金時代 !

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Jポップスの黄金時代は80年代から始まった。

そんな時代を活写した幻の音楽雑誌『MUSIC STEADY』をネットで再現します。

FBで報告したものの、ブログではちゃんと報告していなかったので、来週、6月12日(日)の“PART4”の告知を兼ね、直前になるが、“PART3”の報告をしておく。

4月24日(日)、東京・世田谷のエムズ・カンティーナで、伊藤銀次さんをゲストにお迎えし、トーク・イベント<80's But Goodies Special  MUSICIAN FILE Vol.1「伊藤銀次 徹底研究2016 PART3」>をお陰様で、盛会に終えることができた。

日曜日の昼間開催ということもあり、女性が多く、遠くから来ていただいた方もいた。会場の景色から新たな広がりを感じさせる。

今回は終電の時間を気にすることなく、話を端折らず、たっぷりと時間をかけた。記録更新(!?)の4時間超え、5時間になろうという“LONG AND WINDING”なもの。

時間を競う気などはないが、腰を据え、じっくりと取り組むと、腹を括った銀次無双の面目躍如。その話は時間や空間を飛び越え、縦横無尽、四方八方へと広がる。アスピリン片手のタイムマシーンは話し出したら止まらない。

まずは、ポリスター時代のおさらいを兼ねつつ、前回、話に出ながら、上映できなかった1984年の「BEAT CITY」のプロモーションビデオや1983年4月のハートランドを率いての京都のBIG BANGでのNOBODYとのジョイントライブなどの映像を公開する。いずれも本人提供の貴重映像で、「You Tube」などでは見れない、幻の映像といっていい。初めて見るという方も多かったはず。

当時のプロモーションビデオの状況から始まり、ビデオを作るに至る思い、土台や受け皿がなくてもまずはやりたいことをやってみるという開拓者精神、そして、NOBODYとの因縁(!?)などを一気に飛ばす。

続けて、沢田研二や佐野元春、杉真理、ウルフルズ、小田和正、山下達郎、そして“イカ天”…などが現在、過去、未来を数珠つなぎのように繋ぐ。今回は敢えて脱線などといわず、軌道修正することなく、自動書記やいたこのように言葉が降ってくるまま、点や線ではなく、面として、日本のロックやポップスの様々なシーンに顔を出した伊藤銀次ならではの話を続けてもらう。

その場にいたものならではの、伝聞ではない、リアルな話は聞き応えがあり、臨場感を持って、当時の状況が伝わる。伊藤の物まねを交えた名調子に、聞くものは、まるでその場にいたかのような錯覚に陥る。伊藤の語り部としての実力を感じないわけにはいかない。


今回は前回同様、会場からの質問を受け付けた。入場時に質問用紙を配布し、1部の終わりに回収し、2部の始まりに回答する。


銀次の名前の由来や「春一番」のこと、海外レコーディング、ジャケットのこと、「国立淑女会」のことなどの質問について、一つ一つに丁寧に答える。それだけで1時間以上は掛かったが、いわゆる時系列を追っていただけなら、決して、出ない質問も多く、興味深い話がたくさん聞けた。

詳述する機会もあるかもしれないが、とりあえず、銀次の名前の由来だけは書き記しておこう。ご存知のように伊藤銀次は本名ではない。伊藤一利である。改名(!?)の契機は「春一番」に関わった前後の大阪時代。ヒッピー華やかなりし頃、風太や金太と名乗るものが多い中、特に綽名などなかったため、彼だけは“伊藤ちゃん”と呼ばれていたらしい。そう呼びかけられるだけで脱力してしまったという。もともと伊藤一利に馴染めず、ならば、いい名前はないかと考えあぐねていたところ、本宮ひろ志の『男一匹ガキ大将』の中に主人公の戸川万吉の子分役の片目の銀次(久保銀次)という名前を見つける。彼と自らを重ね合わせ、銀次と命名したという。

しかし、この銀次と命名したことが沢田研二と初めて仕事をした時の話と繋がる。沢田は銀次という名前に惹かれ、自然と声をかけてきたという。この辺の時間の瞬間移動は、会場にいた方も驚愕し、ある種のカタルシスを感じさせる。

ちなみに“春一番”の関連として、会場に大阪出身の方がいらしていたが、“大阪検定”には“春一番”や“伊藤銀次”のことが出題されているという。そこに出ている伊藤銀次に会いたくて、会場に来たようだ。


開演から4時間ほどして、ようやくポリスターから東芝EMIへの移籍話になる。“ビートルズの東芝EMI”への移籍は、伊藤がメジャーになっていくためには必要だったかもしれないが、愛着のあるポリスターとの別離は断腸の思いもあったようだ。1986年7月にリリースされた東芝EMIの移籍第一弾のアルバムのタイトルは“GET HAPPY”だが、自らの活動以外にプロデュースなど、折から多忙だったこともあり、かならずしも“GET HAPPY”ではなかったという。

また、東芝EMIにはBOΦWYがいた。担当ディレクターから出来たばかりの『JUST A HERO』(1986年3月)を聞かされている。彼らの本格的ブレイク直前だったが、やがてロックの時代が来ること察知したという。同時にPSY・S(サイズ)の松浦雅也やBARBEE BOYSのいまみちともたかなど、新たな才能の登場に危機感を抱くとともに羨望をも感じたという。音楽が大きく変わろうとしている、伊藤自らのその時代の波に乗らないわけにはいかなかったのだ。


というところで、ポリスターから東芝EMIへと歴史の駒が進んだが、これで5時間近く。とりあえず、ここまで辿りつけたのを良しとして、最後に東芝EMI時代の1990年5月の日清パワーステーションのライブ映像を上映し、ここでタイムアップとする。

当日、紹介した以外にも秘蔵映像やコメントなども大量に用意していたが、その一部を披露したに留まる。まだまだ、話すこと、見せるものは山ほどある。当然の如く、PART4が早くも決定(笑)。来週、6月12日(日)、次回も今回同様、日曜日の昼間、そして開演時間を1時間早め、2時からになる。

日程をやりくりいただき、是非、いらして欲しい。繰り返しや重複をものともせず、かつ、回を重ねることに同じ話もさらなるふくらみを持ち、新しい切り口から語れる。伊藤銀次の話芸も名人と呼ばれる落語家の領域となる。初めてでも楽しめはずだ。また、時代は前後しても聞きたいことがあれば、遠慮なく聞いてくれれば、話もする。


実は今回、話したことは次回の話に繋がることがたくさんあった。話を聞きながら、進行役としてもほくそ笑む瞬間もいくつもあったのだ。

ブログでの報告が遅くなってしまったが、日本のロックやポップスに興味を抱く方は必見、必聴のイベントではないだろうか。ひょっとしたら、前代未聞のトーク・イベントになるような気もしている。歴史を語りながら新たな歴史が生まれる。是非、歴史の証言者になってもらいたい。

今度の日曜日、皆さまのご来場をお待ちしている。当日券もある。飛び込みでもかまわない。伊藤銀次の歴史絵巻は、あなたのポップスの旅の水先案内になるだろう。伊藤銀次のJポップス伝、回を重ねる毎に油が乗り、美味となる。目指せ、100回(本人談!)だ。



☆特別映像上映あり☆

80's But Goodies Special
MUSICIAN FILE Vol.1 伊藤銀次 徹底研究 2016 PART4

日時:6月12日(日)13:30開場/14:00開演

出演:伊藤銀次(シンガー・ソングライター)

訊き手:市川清師 (「MUSIC STEDY」)

会場:東京・世田谷「M's Cantina(エムズ・カンティーナ)」

料金:予約2,500円/当日3,000円(自由席・1ドリンク代別途必要)

チケット予約フォーム:https://ws.formzu.net/fgen/S13353355/

お問い合わせ:03-6805-5077 M's Cantina(エムズ・カンティーナ)


https://www.facebook.com/events/1709670322622529/