すっかり、ご報告が遅くなったが、先々週、6月18日(木)は東京・六本木の「音
楽実験室・新世界」で、開催された「中村のんプレゼンツ「70年代クロスカルチャー」( http://shinsekai9.jp/2015/06/18/70scc1/ )で、東京者(とうきょうもん)たちの70年代“深イイ話”を堪能させていただいた。同イベント、告知文から引用すると、以下のようになる。
「『ニッポン・ポップス・クロニクル 1969-1989』の著者である音楽プロデューサーの牧村憲一さん&写真集『LONDON AFTER THE DREAM』等の写真家、ハービー・山口さん、そしてイベント『70’sバイブレーション』の仕掛け人である山中聡さんの3人をお招きして、イベント『70’s 原風景 原宿』を仕掛けた中村のんが、70年代の音楽&ファッション&写真の魅力についてトークします。日本の音楽シーンが最も面白かった時代の中心にいらした牧村憲一さんの貴重な音楽資料、パンクロックやニューウェイブ等、ロンドンが最もエキサイティングだった時代の現場をリアルに体験されたハービー・山口さんが撮られた写真、そして、『70’s 原風景 原宿』の参加カメラマンである横木安良夫さんの写真集『あの日の彼、あの日の彼女 1967-1975』のスライドショーも見ながら、目と耳で楽しむトークイベントです。熱く濃く、収集がつかない会になることも予想されますが(笑)予定調和なしの楽しみ方こそ70年代の気分。お誘い合わせの上、是非、ふるってのご参加を!」
このところ、日本のポップカルチャーのアーカイブ化とともに、その時代を体験し、その渦中にいた関係者の証言を聞くことが意識的になされている。それは某ウィキペディアの丸写しの文章が垂れ流され、意図的な歴史の改竄が平気で行われいることに危機感を抱いたゆえのことではないだろうか。私自身もネットを彷徨っていると、理解不能なおかしい記述に首をひねることも少なくない。
まずは中村のんが登場。牧村、山口、山中、中村という四人の名字がクロスワードになることを告げる。偶然の一致だが、既に縁のようなものを予感させる。
山口
中
牧村
彼女の紹介で、イベント『70’sバイブレーション』の仕掛け人である山中聡が登場。同イベントは一昨年、3月16日(土)~4月14日(日)に横須賀美術館で開催されたものの第2弾。場所を横須賀から横浜の赤レンガ倉庫1号館に移し、8月1日(土)~ 2015年9月13日(日)、同所でスケールアップして開催される。
「時間旅行へ ようこそ! 真夏の横浜、赤レンガ倉庫に70年代ニッポンの音楽とポップカルチャーが蘇る。」をテーマに当時の写真やポスター、チケット、ジャケットなどのアートワークを展示するとともに、時代を超えるトークショーやライブ、伝説のレコード・ショップの復活、YMOの使用楽器を陳列するなど、盛り沢山。
中村と山中は東京生まれ、東京育ち。山手出身である。青春時代を過ごした渋谷や原宿の原風景を語りつつ、広報大使よろしく、同イベントの主旨や内容を紹介していく。そのコンテンツに歓声が上がり、興味を抱く方、多し。一昨年の横須賀でのイベントも海の目の前という絶好のロケーションの中、いい意味でのタイムスリップ感にくらくらしつつ、軽い興奮を覚えた。今回はそれ以上の感動を届けてくれそうだ。
私としては、東京・南青山にあった伝説のレコード・ショップ、あの「パイドパイパーハウス」が復活することが楽しみでならない。シュガーベイブやティン・パン・アレイのマネージャーにして、同店の店長だった、かの長門芳郎も関わるという。期待しないわけにはいかない。同所で、どれだけ、素敵な音楽に出会えたか、いまでも昨日のことのように覚えている。
山中と中村の対談(!?)の後、10分間の休憩が開けて、後半は牧村憲一とハービー山口が登壇する。スクリーンには、加藤和彦、安井かずみ、今野雄二がテーブルに並ぶ写真が写し出される。同写真は1976年5月8日、横浜中華街のレストラン、同發新館で開催された伝説のコンベンションライブ(通称、“中華街ライブ”)の時のもの。加藤は、その客席にいたのだ。牧村は「トノバンは最後まで、細野晴臣さんのベースでバンドをやることにこだわっていて、フォーククルセダーズを復活させるなら細野晴臣をメンバーにしたい」と言っていたという。
そして、ハービー山口は、病弱だった少年がカメラを手にして、東京、沖縄、ロンドンと…彷徨いながら成長していく“カメラマン放浪記”を一気呵成に畳み掛ける。寡黙なイメージがあったが、その弁舌の達者さ、雄弁ぶりに驚く。ロンドンでのツトム・ヤマシタとの出会いからボーイ・ジョージとの同棲生活(!?)、スリッツのサポートメンバーになりかけるところなど、不思議な縁の連なりを感じないわけにいかない。
ロンドンの電車の中で、クラッシュのジョー・ストラマーに遭遇し、「写真を撮ってもいいですか?」と尋ねたら「撮りたいものはすべて撮るんだ。それがパンクなんだ」と言われたというエピソードなどは70年代のロンドンならではだ。
牧村と山口の話を聞き、改めて70年代というのはいかに出会いに溢れる時代だったのかを再確認する。現在、SNS時代ながら出会いがないと、呟く輩が多いが、『書を捨てよ、町へ出よう』と寺山修司(そういえば、ハービーは寺山とも縁がある)の著書を引用するまでもないが、いまならパソコンやスマートフォンを捨て、町に出ようではないか。ストリートの中に出会いがあるような気がする。勿論、モバイルするのも悪くないが、画面にばかり気を囚われず、外を向いて歩こうというところか。
それにしても4人が4人とも東京生まれの東京育ち、それも山手出身。ところどころに東京が嫌味なほどに顔を出すのがおかしくも嬉しくもなる。東京者は、地方出身者のように出身地がわかったからといって、県人会的につるむことはないが、東京出身ということで、緩く、軽やかに繋がる。表だって、喧伝はされてないが、いま、日本のポップカルチャーに東京者がクロスすることで、果たした役割の大きさを感じないわけにはいかない。そんなことを改めて感じた「70年代クロスカルチャー」だ。
繰り返し、宣伝めくが「70’sバイブレーション」を横浜まで見に行くべきだろう。伝説や神話ではない、生々しい事実や証言を目の前に突き付けられること、必至。夏は海や山もいいけど、横浜の赤レンガ倉庫に行こう。ちなみに、正式発表されていないが、東京者の下町出身の大物も特別に講演するそうだ(未確認情報!?)。楽しみでならない。