Let's Go Steady――Jポップス黄金時代 !

Let's Go Steady――Jポップス黄金時代 !

Jポップスの黄金時代は80年代から始まった。

そんな時代を活写した幻の音楽雑誌『MUSIC STEADY』をネットで再現します。

所沢・音楽散歩――Takeshi Sumida's ROM(澄田健+大貫悟+篠奈々子)+ザ・ナスポンズ(松浦湊+小滝みつる+上原ユカリ裕+新井健太+春日hachi博文)本流にして傍流にあらず!

 

(写真左から)大貫悟(B)、澄田健(Vo、G)、篠奈々子(Per)

 

本来であれば“所沢2DAYS”なので、5月24日(日)に所沢「MOJO」で開催されたTakeshi Sumida's ROM(澄田健<G、Vo>・大貫悟<B>・篠奈々子<Per>)とザ・ナスポンズ(松浦湊<Vo,G>・小滝みつる<Kb>・上原ユカリ裕<Dr>・新井健太<B>・春日hachi博文<G>)の豪華共演・夢の競演の前日、5月23日(土)に新所沢「LAD COMPANY」で開催された澄田健、松浦湊、小滝みつるというラインナップで行われた“前夜祭”もみておくべきだった。しかし、残念ながら今年も行けずじまい。誠に申し訳ない。所沢の連チャンは近いようで遠く、宿泊すればいいのかもしれないが、遠いようで近く、意外とハードルが高い。“アド街”で気になった団子屋やうどん屋を味見しつつ、ついでに飯能のトーベ・ヤンソンの世界まで足を延ばすしかないだろう。

 

 

澄田は、所沢「MOJO」に2024年4月7日(日)は"D runkard Ball"(澄田健<Vo、G>・"CRAZY"COOL-JOE<B>・湊雅史<Dr>)、2025年5月11日(日)はTHE SOUL NUTS(澄田健<Vo、G>・夢野カブ<Vo>・湊雅史<Dr>・早川岳晴<B>)というラインナップで出演している。いずれもその前日に新所沢「LAD COMPANY」で“前夜祭”を行っている。勿論、それ以外にも「MOJO」には下山淳や山部YAMAZEN善次郎のサポートなど、数限りなく出演している。“HOME”みたいなものだろう。

 

今年は半年ほど前に結成したTakeshi Sumida's ROMというユニットとしての出演になる。メンバーの大貫悟はかつてルイズルイス加部のグループ・アンド・アイなどのバンドで活動していたキャリアがあり、その立ち居振る舞いや雰囲気も加部譲り(!?)、現在はサエキけんぞうのジョリッツでも活動する吉田仁郎が参加しているHELL HEADなどでも活動している。篠奈々子はオフィシャルウェブページから抜粋、引用すると「尚美ミュージックカレッジ専門学校ドラム&パーカッションコース卒業。黒田卓也(tp.)、田我流、森岡賢(ex.SOFT BALLET)、出口雅之(ex.REV、GRASS VALLEY)、本郷綜海などのアーティストのレコーディングやライブ、ツアーをパーカッション&コーラスで共演。また打楽器オーケストラの中心メンバーとして指導的役割を一任される。2017年から海外でのホール公演など活動を国外にも広げ、短期でニューヨークに渡り音楽を学ぶ。Wilson chembo corniel氏(Tito Puente、Larry Harlow)やKeita Ogawa氏(Snarky Puppy)に師事。2021年9月末に1st mini album『ラテンコチシン』を初リリース。 iTunes storeやApple musicで連日チャートインし、ラテントップアルバムランキングで1位を獲得する」というラテン界隈でも話題になっている新進気鋭のミュージシャンである。

 

 

ステージにはTakeshi Sumida's ROMが開演時間の18時を5分ほど過ぎて登場する。澄田はエレクトリックギター、大貫はベースギター、篠のドラムセットはフルセットではなく、パーカッションなどが並ぶ、しつらえだ。

 

フリーフォームなインプロビゼーションから始まる。まずはご挨拶かもしれないが、軽やかで、心地いいグルーブを紡ぐ。ROM流の「Behind the Mask」を聞かせてくれる。

 

 

続いて2020年にリリースした澄田健の初ソロアルバム『Magenta』に収録されている、お馴染みの「Long Black Hair」を披露。同曲の歌詞はBAKIが書いている。オリジナルは澄田のダークな歌とヘヴィーなギターが聞きどころだが、いい意味でのシャープさが加わる。

サム・テイラーのむせび泣くサックスで有名なジャズ・スタンダード「Harlem Nocturne」をワウ(!?)を駆使してブルージーに聞かせ、再び、『Magenta』に収録されているBAKIが歌詞を書いた「Tomorrow」を披露。この2曲は澄田健らしいロックを聞かせてくれる。彼のライブに足を運ぶ方にはお馴染みだろう。

 

 

長尺で組曲的な「Walking in the Rain with my Girl Friend」を披露。同曲は“一昨年くらいにBAKIちゃんに詩を頼んだら出してくれて、それをメロディに合う様に変えてます”と言う新曲オリジナル。深淵な世界を垣間見れる、聞き応え充分のナンバーだ。音源化を希望する。同曲後、澄田健がロッカーズの穴井仁吉(B)、そしてROSSOなどで知られる佐藤稔Dr)による強者トリオ、MOTO-PSYCHO R&R SERVICEの「Love Planet」、「R&R Future」など、お得意のロックンロールナンバーを畳みかける。べースはヘヴィーながらパーカッションは軽快にロールする。曲そのものは2010年代のものだが、見事に2026年の風を纏うのだ。

 

 

そして澄田のキャリアの中でも特筆すべきは柴山“菊”俊之のZi:Lie-YA での活動だろう。同バンドのアルバム『電光石火』(2004年)に「Parachute Girl」(作詞:柴山俊之・作曲:澄田健)を提供。言うまでもなく、澄田は後にシーナ&ロケッツに参加することからも明らかなように澄田は鮎川誠と菊に大事な位置を任された稀有なギタリストである。その「Parachute Girl」を澄田の歌と演奏で、観客に届ける。当然、観客はその出自と物語を知っている。オリジナルにはない装いながら、観客を虜にしていく。

 

 

同曲に続き、同セットの締めとして、お馴染み。「花鳥風月」を披露する。沖縄民謡風のナンバーで会場はカチャーシー状態になる。熱気と歓喜が渦巻く。大貫のブルージーなふてぶてしさ(前述通り、加部になんとなく似ている)と篠のラテンな可憐さが合わさり、ROMの音世界を体験させてくれる。今回、同プロジェクト(!?)での「MOJO」出演は初ながら、なかなか、楽しい組み合わせを見せてくれた。かくも魅力的な腕っこきを集めるバンドリーダーとしての才覚を感じさせる。澄田の第一部は賑やかな余韻を残し、19時前には終わる。

 

 

■Takeshi Sumida's ROM

1.Behind the Mask

2.Long Black Hair

3.Harlem Nocturne

4.Tomorrow

5.Walking in the Rain with my Girl Friend

6.Love Planet

7.R&R Future

8.Parachute Girl

9.花鳥風月

 

 

(写真左から)春日hachi博文(G)、新井健太(B)、松浦湊(Vo、G)、上原ユカリ裕

(Dr)、小滝みつる(Kb)

 

15分ほどの休憩後、19時15分、ザ・ナスポンズがステージに登場。第2部が始まる。現在の小川美潮、吉田日出子とでもいうべき自由奔放、抱腹絶倒の無頼派の歌姫、松浦湊(Vo、G)に元カルメン・マキ&OZの春日“hachi”博文(G)、東京ローカル・ホンクの新井健太(B)、元・村八分、元ココナツバンク、元シュガー・ベイブ、元EXOTICSの上原“ユカリ”裕(Dr)、元シネマ、元・戸川純とヤプーズの小滝みつる(Kb)という一癖も二癖もあるロックレジェンド達が一堂に会したのがザ・ナスポンズ。2021年の衝撃のデビューから5年、マイペースな活動ながら東京のローカルシーンにザ・ナスポンズありの存在感を示しつつある。所沢の「MOJO」や原宿「クロコダイル」、吉祥寺「Star Pine's Café」、横浜「六角橋商店街ヤミ市」などを“アジト”に活躍中だ。

 

 

彼らを初めて見たのは2022年。4月6日(水)、東京・青山「月見ル君想フ」のジャムバンド、Sardine Head(サーディン・ヘッズ)とのジョイント・コンサート『満月と春の宴』だった。当時の衝撃体験をアメブロに「珍妙なれど、逸材なり――ザ・ナスポンズ」というタイトルで書いている。その後、所沢の「MOJO」で澄田健とのユニットとセットで2024年から本2026年まで3連続で見ているが、いい意味で、変わらない。むしろ、その“珍妙”さが肌にあってきた。改めてその逸材ぶりに感嘆することも多くなった。

 

 

https://ameblo.jp/letsgosteady/entry-12737477687.html

 

 

 

 

相変わらず、題材は奇想ながら起承転結があり、最終的には見事な落としどころがある。「出土騒ぎ」や「貸した借りと借りた歌詞」、「もしかして猫舌?」、「サバの味噌煮」など、普段、歌の主題や題材になりにくく、本当にこれが歌になるのと、考えがちだが、月並みなコミックソングに落とし込むことなく、歌詞に絡まる歌や演奏を聞いていると、納得させられる。

「貸した借りと借りた歌詞」ではサーカスのジンタのようでもあり、唱法がスパークスのようにも聞こえる。「もしかして猫舌?」は転調する(裏返る!?)歌声はチャクラの小川美潮やサディスティック・ミカ・バンドのミカのようでもある。

 

 

「サバの味噌煮」は春日のギターが聞かせどころだが、ダブ風味もありつつ、曲調が千変万化する。複雑な構造がかのザッパにも通じ、諧謔と軽妙が溢れる。ザ・ナスポンズを聞くと、三木 鶏郎(みき とりろう・三木トリロー:1914年1月28日 - 199410月7日)という作詞家、作曲家、放送作家、構成作家、演出家を思い出す。日本コロムビアのプロフィールには“戦後、焼け跡の歌「南の風が消えちゃった」を作り、1946年、NHKラジオ『歌の新聞』に出演。翌朝刊に「彗星の如き天才現わる」のコメントが掲載された。以後、コントに音楽を取り込み社会や政治を風刺する「冗談音楽」でラジオに旋風を巻き起こす。”とある。

 

キノトール、永六輔、野坂昭如、伊藤アキラと「トリローグループ」を結成。また、作曲家陣として神津善行、いずみたくなど、「三木鶏郎楽団」としてジョージ川口、小野満、鈴木章治などを集める。門下からは歌手(楠トシエ、中村メイコなど)や俳優(三木のり平、河井坊茶、千葉信男、丹下キヨ子、逗子とんぼ、なべおさみ、左とん平)など、多くの人物を世に送り出す。様々な逸材を育て上げたことでも有名だ。その流れには大瀧詠一や山下達郎を見出し、CM音楽の世界に巻き込んだONアソシエイツの大森昭男などもいた。

 

 

数年前、2022年に愛宕山のNHK放送博物館で、三木鶏郎が関わった番組の台本や譜面などを展示した「トリローって何だ!?」を開催していたが、随分前に鈴木慶一やKERAを絡めて、FBに同展へ行ったことを書いている。

 

 

 

 

 

 

また、偶然とはいえ、この6月19日(金)から「ニッポン・ポップス・クロニクル /朝カル編」として、牧村憲一さんと鈴木惣一朗さんによる講座『 三木トリローと大森昭男、そして大滝詠一』が始まる。

 

 

ニッポン・ポップス・クロニクル /朝カル編

『 三木トリローと大森昭男、そして大滝詠一』

牧村憲一/音楽プロデューサー

鈴木惣一朗/音楽家

 

 

 

三木鶏郎がきているではないが、傍流に見えて本流である。ザ・ナスポンズをその流れに置くと、嵌る。実はサディスティック・ミカ・バンドは服部良一の楽曲をカバーする『駅前旅館』という企画があったが、契約の問題で実現しなかった。ザ・ナスポンズで『所沢・駅前旅館』はいかがだろうか。そこにグラム&ブギウギの貴公子・澄田健が客演すると映えるのではないだろうか。

 

 

この日、アンコールにはTakeshi Sumida's ROMの3人もザ・ナスポンズに合流。「ウシロトラレルナ」で賑やかに騒がしく、大団円を迎える。メンバーの各々の自由気ままさが嬉しく、観客の皆様も笑顔で“祭り”に加わる。その宴は20時過ぎにお開きになるが、ライブ終演後もその場に居残り、楽しく歓談するのが「MOJO」の魅力だろうか。所沢への小さな旅、お薦めである。

 

 

 

■ザ・ナスポンズ

1.出土騒ぎ

2.貸した借りと借りた歌詞

3.空にはお月さま

4.アフター わっしょい

5.もしかして猫舌?

6 .お買い物

7.サバの味噌煮

8.カモなんです

 

■ザ・ナスポンズ+Takeshi Sumida's ROM

EC ウシロトラレルナ

 

 

 

 

“下山淳祭”で申し訳ない。以下の原稿は既に福岡発のBEAT MUSICの応援サイト「福岡BEAT革命」のFBページで紹介しているが、昨日、公開した「シン仲野茂バンド誕生――仲野茂バンド メンバー全員インタビュー! <Ⅰ>+<Ⅱ>」とも関連するので、アメブロでも公開させていただく。今年、67歳の彼が精力的に動く理由がわかるだろう。併せて読んでもらいたい。

 

                    *****

 

 

 

このGW前後はライブ三昧だったが、とりわけ心に残るのは下山淳のライブだった。改めて下山淳は一筋縄ではいかないミュージシャンであるとともに音楽を通していろんな形の多幸感を届ける稀有な存在であることを実感する。その多様で広範な音楽的知識と素養に高度な技術と鋭利な感性で、自らの頭の中に生まれる艶やかで煌びやかな極彩色の世界をギターという絵筆で描いてみせる。

 

 

(写真左から)下山淳(G)、武田康男(Vo、G)、

樋口素之助(Dr)、岡本雅彦(B)、マリアンヌ東雲(Kb)

 

 

 

 

4月29日(水・祝)、高円寺「JIROKICHI」で行われた「貝生平2 Play the 60/40」では蜘蛛蜥蜴の武田康男(Vo、G)、仲野茂バンド、G.Dフリッカーズの岡本雅彦(B)、頭脳警察の樋口素之助(Dr)、キノコホテルのマリアンヌ東雲(Kb)とともに、かつて下山淳が弟の下山アキラ(B)、湊雅史(Dr)、スエキチガイ(Vo)、Sun-Chiriko(Kb)などと1990年代に結成した、60/40の「ソフトマシーン」や「サイケリア」、「アゴラドゥラ」など、超絶難曲を披露してみせた。まるでザッパやジェフ・ベック、トッド・ラングレン(ユートピア)を彷彿させる超絶技巧の天下一武道会状態。混沌と混乱を潜り抜ける爽快感と、難解なクロスワードパズルを解いたような達成感を与えてくれる。近頃、体験したことのない快感を味あわせてくれた。音楽性は違えど、村上PONTA秀一や渡辺香津美、坂本龍一、小原礼、ぺッカーなどが暗躍、躍動した、フュージョンとテクノの端境期、かの熱狂と興奮の六本木PIT INでの“KYLIN”や“カクトウギセッション”なども過る。男も女も老いも若きも胸騒ぎ、心躍る音だろう。こんな下山淳が見たかったという人も多いのではないだろうか。貝生比良から貝生平へ、多少の人事異動もあったが、パーマネントなバンドとしての活動継続を望む音楽ファンも多いはず。勿論、休止中(!?)のアカネ&トントンマクートやEli and The Deviantsの活動再開も期待したくなるというもの。

 

 

(写真左から)宮田岳(B)、下山淳(G、Vo)、茜(Dr、Vo)、

澄田健(G、Vo)

 

5月16日(土)は所沢「MOJO」で一足早い下山淳の生誕祭が開催された。下山は5月19日に67歳になる。下山を支えるのは頭脳警察、元黒猫チェルシーの宮田岳(B)、EMILAND、スクナシ、アカネ&トントンマクート、三宅伸治&the spoonfulの茜(Dr)、そしてシーナ&ロケッツ、YAMAZEN(山部“YAMAZEN”善次郎)&The 幌馬車、D runkard Ball、Takeshi Sumida's ROMの澄田健(G)という気心の知れた仲間達である。

 

 

ちなみに澄田は2023年7月のアカネ&トントンマクートの大阪・京都・名古屋という“サマーツアー”の京都「拾得」公演に下山のトラとして参加したこともある。下山と茜、澄田との共演歴は敢えて説明の必要もないかもしれないが、宮田との共演歴を簡単に紹介しておく。宮田岳と下山淳は、アコギなSS(仲野茂+下山淳)で岳竜(宮田岳+澤竜次)と共演、黒い鷲-ZUNOMONO (澤竜次、おおくぼけい、宮田岳、樋口素之助、竹内理恵)でも共演している。また、下山は2024年7月8日(月)、渋谷「 duo MUSIC EXCHANGE」で開催された「七夕忌 PANTA一周忌&頭脳警察55周年記念ライブ」でゲストとして出演。宮田は昨2025年の下山の生誕祭にも出演している。

 

 

毎年、生誕祭ではレギュラーバンド以外にゲストなども出演するが、今回、ゲストはなく、言わば気心の知れたメンバーと馴染の店でお気に入りの曲を演奏するバースディライブになった。

 

下山はこの日の開演時間の18時にいつものギターではなく、ひょうたんの形をしたブズーキ(ギリシャ音楽で使用される弦楽器。ギリシャの他にもセルビアやボスニア・ヘルツェゴビナといったバルカン半島の民族音楽、アイルランド音楽などでも使用されている)を持って、ステージに登場する。意外な登場で驚くが、1999年5月29日に同時発売された2枚のソロアルバム『Living On The Borderland』(アコースティックアルバム)と『Monkey Night』(エレクトリックアルバム)に収録された「長い道」(”Living――”にはショートヴァージョン、“Monky――”にはロングヴァージョンを収録)が披露される。続いて、『Living On The Borderland』から「宮殿の大浴場~ハララビ」が演奏される。フォークロアにエスニックをまぶす。ちょっと、サード・イアー・バンドなども思い起こさせる。ブズーキも納得の選曲だ。宮田、茜、澄田は難曲をしっかりとサポートする。

 

 

下山はフェンダーに持ち替え、お馴染み、山口洋が歌詞を提供した「Old Guitar」(ROCK'N'ROLL GYPSIES 『I 』2003年)を披露する。いつもの下山らしい流れに観客も胸を撫でおろす。下山はギターに通販で買ったという骸骨の形をしたカポタストを付け、昨2025年1月30日に亡くなったマリアンヌ・フェイスフルのテリー・リードのカヴァー「Rich Kid Blues」を下山流に聞かせる。意外なナンバーだが、こんな曲を引出しの中からひっぱり出してくるのも下山らしい。

 

下山自身、生誕祭などはあまりやる気はないらしいが、まわりからのリクエストで気づいたら通年開催しているという。下山の故郷である山形県鶴岡時代は自宅で“お誕生日会”を開くこともあり、母親からはお友達を呼んできなさいと言われたものの、呼べるような友達はいなかったので、知り合いを友達ということで来てもらったそうだ。バースデイケーキではなく、母親が作る筍のかやくご飯が思い出だそうだ。山形県鶴岡市の慎み深く、愛溢れる家族の物語がそこにはあった。友達のいなかった下山はいま、素晴らしい仲間達に囲まれる。“アット・ホーム”などというと鼻白むかもしれないが、先日の「JIROKICHI」のライブに比べたらいつになく、気を許し、寛いでいるようにも見える。

 

 

改めてのメンバー紹介後、村八分の曲をやると観客に告げ、「水たまり」を披露。“がきの頃を思い出して”と歌われる。アカネ&トントンマクートやソロでは何度も歌われたナンバーだ。ちょっとやさぐれた感じが見事に嵌まる(!?)。

 

続いてROCK'N'ROLL GYPSIESの『Ⅱ』(2005年)に収録された下山が作詞・作曲した「 Junk! Junk! Junk?」が演奏される。

 

60を過ぎ、70近くになって、こんなにロックしている大人はいないだろう。村八分からジプシーズへという流れが下山らしく、しっくりとくるのだ。

 

同曲の後、澄田を紹介し、彼が歌うことを観客に告げる。シナロケやロッカーズのロックンロールナンバーかと思えば、アルバムなどには収録されていない、彼のオリジナル「花鳥風月」が披露される。沖縄民謡風のナンバーで、澄田は元上々颱風の白崎映美と大田穣、古関純匡とともにKBB(近所バカバンド)を組んでいるが、そんな影響もあるのだろう。澄田自身は広島出身で地元、広島の民謡「音戸の舟唄」もソロなどで度々、披露している。知る人ぞ知るというか、ほとんど知られざる“民謡十字軍(クルセイダーズ)”だろう。

 

澄田のソロの後、下山は“ジプシーズの最新アルバム(『Ⅴ』2023年!)に入っている”という、隠れた名曲「So Long」を歌う。ミディアムテンポのナンバーで、聞くものは引き込まれる、そんな力が宿る。随分、やっていなかったという。茜のソウルフルなコーラスが同曲の魅力をさらに引き立てる。

 

下山は同曲を満足そうに歌い終えると、本日は1部、2部制で休憩に入ることを宣言。彼らは18時に開演して、休憩まで1時間ほど、へたることなどなく、休みなく突っ走った。見事な大人達ではないだろうか。

 

 

 

20分ほどの休憩後、メンバーがステージに戻って来る。ジョージ・ベンソンなどでお馴染みの「ON BROADWAY」を演奏しながらメンバー紹介を改めてしつつソロを回していく。かの時代のマナーをさりげなく踏襲しているところが彼ららしい。宮田岳が最年少(1991 年2月1日⽣まれ。神⼾市出⾝)であることが“暴露”される。下山が67歳、宮田が35歳になる。30以上、年齢が離れていても仲間として普通に演奏できるところがこのバンドの懐の深さだろう。宮田は下山淳を始め、頭脳警察、Jagatara2020、鈴⽊茂、町⽥康(汝、我が⺠に⾮ず、マチダ地蔵尊)など、日本のロックレジェンドに気後れすることなく、堂々とタイマンをはる。そんなところが宮田岳というミュージシャンの変幻自在さだろう。ちなみに宮田は筑波大学、同大学院の芸術専攻修了。漆・⽊⼯作家の顔も持ち、都内を中⼼に、出張⾦継ぎ教室を多数開催中という。そんなキャリアやバックグラウンドも下山の絵描きとしての資質とされ気なく、交わる。

 

続いて茜がフィーチャーされ、彼女はアン・ピープルズの「A good day for Lovin’」を歌う。ドラマーだけでなく、歌手としての実力を改めて観客に知らしめる。彼女のソウルフルな歌声は特筆すべきものがあり、アカネ&トントンマクートでも彼女のソウルショーは白眉だった。繰り返すが、トントンマクートの再始動を期待するものも数多い。

 

下山がお馴染み、ジョニー・ウィンターの「Bon ton roulet」をカヴァーする。所沢がテキサス、ニューオーリンズへ――スワンプな香りを会場に運ぶ。澄田の壺を心得た切り込むようなギターの音がこの曲に色どりを加える。二人のギターの絡み(バトル!?)はギター好きには堪らないだろう。

 

同曲の後は宮田岳がフィーチャーされる。宮田はJagatara2000 の盟友、ヤヒロトモヒロとのユニット、公開車庫のオリジナル「TVショウ」を披露する。ラップ風味の歌とサイケとファンクがミクスチャーされた不思議な曲で、下山が演奏で同曲を盛り上げる。改め二人の相性の良さを感じる。下山のギターには変態的な魅力があるが、宮田のベースも一筋縄ではいかないものがある。この組み合わせは絶妙な化学変化を生む。ある意味、ベストパートナーかもしれない。

 

 

下山はアコースティックギターを抱え、メンバーにコード(Gらしい!)を確認しながら“Z”(THE ROOSTERZ)の名盤『FOUR PIECES』 (1988年)に収録された下山が作詞・作曲している名曲「預言者」を披露する。誰もが知る下山の代表曲、観客のボルテージも一気にあがる。

 

 

同曲に続き、下山が沢田研二に提供した「カガヤケイノチ」(作詞・沢田研二:作曲・下山淳)を歌い出す。敢えて説明するまでもないが、下山は沢田研二の“沢田研二TOUR”のバンド(2008年に沢田が“鉄人バンド”と命名)のメンバーだった。下山の沢田のバンドへの参加は1999年から2015年まで続いた! 沢田に楽曲も提供している。下山の横には大江慎也や遠藤ミチロウ、泉谷しげる、浅川マキ、そして沢田研二など、常に強烈なヴォーカリストがいた。

 

同曲を歌い終えると、本編最後の曲とアナウンスする。歌う前、下山は“67歳、当時はそんな年齢でロックをやっている人なんか、いなかった”と語った。確かにルースターズに参加した時(1983年。当時24歳)には自分が60を過ぎても演奏しているなど、信じられなかっただろう。実際、下山は大病で、長期入院、療養することもあった。彼は“長生きはするものですね”と言いながらも少し寂し気に“歌詞を書いてくれたやつが最近、逝っちゃった”と語る。「Shallow me」を歌い始める。1995年にリリースしたアルバム『Living On The Borderland』に収録されている。作詞は先日、2026年1月6日に急逝したスマイリー原島。下山はスマイリー原島のバンド、アクシデンツのセカンドアルバム『知らない世界』(1985年)をプロデュースしている。複雑な思いを抱きながらも彼への感謝、追悼を込め、見事に歌いきった。同曲を終えると、スタッフの合図でクラッカーからステージへテープが弧を描く。HAPPY BIRTDAY――バースデイのサプライズ演出である。音も火も出ないが、極彩色のテープが客席とステージを結ぶ。実はスタッフは演者には内緒で開演前に客席にクラッカーを配り、合図とともに投げ入れてくれと仕切っていた。ささやかだが、思いやりの籠ったプレゼントだ。下山は照れ臭そうにしているが、笑顔が零れる。メンバーは一端、ステージを掃ける。その間、スタッフはテープを回収し、会場に迷惑を掛けないように対応する。思いやりなどと言うと、気恥しくなるが、分断や憎悪が溢れる世界でこんな気遣い、やりとりがいま、必要ではないだろうか。

 

会場のアンコールの拍手と歓声に促され、メンバーはステージに戻って来る。下山は下山淳とホッピー神山によるユニット「RAEL」(ラエル)唯一のアルバム『Birth Of Monsters』(1990年)に収録された「Sun,Rains & Radio」を披露する。超レア曲(と、会場が認識していたかは不明!? 私も「RAEL」のアルバムは当然、聞いているものの、曲名などはすぐに出てこなかった。申し訳ない!)の蔵出しに観客は歓喜する。

再び、コードはGと確認後、ニール・ヤングの「Only love can break your heart」を演奏する。同曲はニール・ヤングのサードアルバム『AFTER THE GOLD RUSH』(1970年)に収録された名曲で、シングルとしてもリリースされている。同曲に限らず、下山淳や花田裕之などのライブではニール・ヤングの曲は何度も歌われている。ある世代のアンセムといっていいだろう。年寄りと言われればそれまでかもしれないが、その歌は人の頑な心を溶かし、凛とさせると同時に優しくもさせる。当然、彼らの歌にもそんな効果がある。「Only love can break your heart」には“Yes, only love can break your heart(そう 君の心を壊すのは 愛だけだ”というフレーズがある。その言葉を口ずさんでくるだけで、優しい気持ちになる。勿論、全部を訳すと、前後の歌詞からいろいろ意味もかわってくるかもしれないが、何某かの効果(ご利益か!?)がありそうな気がする。下山が時々、歌っているニール・ヤングの「HARVEST MOON 」(1992年にニール・ヤングがリリースしたアルバム『HARVEST MOON』 のタイトルトラック)とともに最高の“締め”曲ではないだろうか。

 

 

観客も納得、満足な顔を浮かべ、ステージを去る彼らを見送る。20時40分には“撮影会”がおこなわれたから、18時に始まり、途中、休憩を挟み、20時30分過ぎにはアンコールを終えている。約150分、充分過ぎる生誕祭ではないだろうか。バースディライブというと、ゲスト多数、演出多様という豪華絢爛、満漢全席、ラストワルツ的なものが多く、それもいいかもしれないが、シンプルにメンバーやスタッフ、オーディエンスの“下山愛”が存分に伝わる、愛ある150分に意味があるだろう。何か、皆の笑顔が眩しく、それが心と身体の浮世の滓も解きほぐす。また、来年も下山淳の“生誕祭”へ足を運びたくなる。67を過ぎて、こんなに幸せな気分でロックしているミュージシャンはいない。いい歳の取り方をしている。古希まであと一息。もう一踏ん張りだ。何か、この4月29日(水・祝)と5月16日(土)は驚きと寛ぎの果てに音の万華鏡を手にいれ、心と身体の桃源郷の入り口を見つける――そんな気になった。下山淳の後ろ姿を見て、俺たちもしっかり歩いていこう。

写真・中村光江(写真左から) 下山淳(G)、竹内理恵

(Sax、Fl)、仲野茂(Vo)、梶浦雅弘(Dr)、岡本雅彦

(B)

 

 

※シン仲野茂バンド誕生--仲野茂バンド メンバー全員インタビュー!<Ⅰ>からの続き

 

 

●曲目解説 「穴の開きまくりアナーキー」は俺(仲野)が曲を作らざるをえない!

 

 

――具体的にアルバムに収録された曲について、1曲づつ、お聞きしたいのですが、まず、1曲目はPANTAさんの歌詞に仲野さんが曲をつけた「穴の開きまくりアナーキー」から。これはどういった感じで作っていったのですか?

 

仲野 これはタイトルからして、俺が作らざるをえないじゃないかという。“穴の開きまくりアナーキー”だから(笑)。で、これは本当にPANTAに感謝というか、自分じゃ書けないじゃない。元・亜無亜危異(アナーキー)が“穴空き”(アナーキー)とはね。本当にありがたかった。なんか、こんな気持ちみたいなものをPANTAからこの歌詞を貰う前に、自分でも20でデビューして、やっぱり歳くってきてさあ。あのデビューした時の何も知らない新鮮な自分とか、何かを忘れてきたり、捨ててきたり、面倒くさがったりとか、歳くって来た時にあの頃の新鮮な思いをどうやったらもう一度、歌詞に出せるかな、思っていた時にPANTAが書いてくれて。やっぱり、俺的には自分の、可愛かったときの仲野茂(笑)を、いまは憎らしいけど、あの頃の感じをなんかもう……“茂、自分で自分を、もう一度、自分を抱きしめろよ”みたいな歌だと思ってさ、それはありがたかった。

 

――いわゆる“あてがき”ですね。

 

仲野 そう。それでやっぱり、下山もそうやって言ってくれるけど、俺が作ると、どうしてもシンガーソングライター的になっちゃうと。それをアレンジとか、ブリッジとか、作ってくれて、すごくロックテイストな歌ものとして、出来上がってきたのは本当にありがたかった。やっぱり、俺、ギタリストじゃないからフレーズとかは作れないから、どうしても歌ものになりすぎちゃう。そこを、下山がイントロとか、ブリッジとかを付けてくれた。こんぶちゃんのサックスもでかいけどね。そういうところでロックテイストになって、きたなあっていうのは、すごくありがたかった。

 

――イントロがアイリッシュな感じがする……。

 

仲野 これは梶浦が出してきた。曲作りの時、河口湖で合宿したのよ。その時に出来た。

 

梶浦 茂の歌を聞いた時にこれは完全に応援歌に聞こえるなと。サッカーとか、ああいう場面をイメージした。こういうリズムはどうっと言って、提案したんだけど、作っているうちに、どんどん、アイリッシュっぽくなっていったから。

 

仲野 本当、梶浦がマ―チっぽくやってくれて。同じようなイメージで、俺もイギリスのサッカーのワォーウォーというみたいな、応援歌みたいなもの作りたいなと思っていたし。梶浦のリズムのお陰で、ど頭のコーラスみたいのも考えられたし、あの曲はこんぶちゃんにもこんな感じでよろしくお願いします、という。

 

梶浦 バグパイプっぽいのと、でもサックスだからなあと思っていたけど、見事にやってくれたから。

 

仲野 びっくりして。只もんじゃない。もう、こんぶちゃんにアイリッシュウィスキーをプレゼントしなくちゃいけないな。

 

竹内 いただきたい(笑)。

 

――歌詞の中にカワサキとか、スズキとかが出ている。バイクのメーカー名が入っていて。昔、PANTAさんからヘルメット(『1980X』 で被っていたもの)を貰ったという逸話もありますけど。PANTAさんがメーカー名を歌詞に入れこんだんですか。

 

仲野 ねえ。PANTAから、あの大事なヘルメット貰って、PANTAが持っていたこと自体がすごいから。勿論、ヘルメットにも“賞味期限”があるから。俺のラジオ番組(2023年6月16日に配信されたyoutubeチャンネル「仲野茂ラジオJAG」の vol.84『俺の脳ミソがロックにやられた瞬間』にPANTAが出演)の時に持ってきてもらって、プレゼントしてくれて。で、今度、この歌詞で、カワサキとスズキが出てくる。なんか、バイクまでプレゼントしてくれた気がして、すごい嬉しかった(笑)。

 

https://www.youtube.com/watch?v=L2Yh8xBjlqw

 

 

 

――2曲目「だろ」は下山さんが曲をつけています。

 

下山 他の詩もそうだけど、これが一番、びっくりしてね(笑)。どうしようかなと思って。

 

――やっぱり、これはちょっと意表をつかれた。

 

下山 字面だけ見て、びっくりして(笑)。でも、このままやったら茂、うまいことやってくれたんで。あっ、そのままでいいんじゃんみたいな。さっさとできました。

 

梶浦 “だろ”なんて、茂のワードだもんね。しょっちゅう、使っている。

 

仲野 でもあれ、そういう歌詞は弾き語りで作るのはすごく難しいから。やっぱり下山のカッティング。もうしびれたよ。だろ――わあ、かっこいいと思った。だから、すごい悩んだ、アルバムに入れる時に1曲目にするか。これで驚かしてやろうか、世の中みたいなね。いきなり、だろ、だろ――で始まったら、なかなか、おもしろいんだけど。うーんとね。そこは面白かった。

 

――先制攻撃みたいな。

 

仲野 こんぶちゃんのあれもすごいからね。

 

――バスクラ?

 

竹内 バリトンサックスです。クラリネットは使ってない、今回は。

 

――それは曲想に合わせて、その楽器を選択した。と。

 

竹内 そうです。

 

――曲自体、聞いて、どんな感じを受けました? どう対応すればいいんだ、自分はみたいのはありましたか。

 

竹内 自然でいいです、かな。それこそ、バンドサウンドにPANTAさんの詩がのっかっているという下山さんの発言がありましたけど、ただ、そういう感じ。で、じゃあ、この曲、このフレーズにはどの楽器が合うかな、と考える。割とシンプルな楽しい作業でした。

 

仲野 下山からリクエストはなかったの?

 

竹内 なかったです。このフレーズをユニゾンでやってみましょうか、などというアイデアをいただいて、そしてやってみる、これですかねみたいな感じで戻してみる。

 

下山 ユニゾンのところはユニゾンでして。あと、ソロお願いしますーみたいな。

 

――こと細かい指定より、放り投げられて、それを自分がどう対応するという感じだったんですか。

 

竹内 いや、ここにこれがあるといいと思うよみたいな感じです。リクエストは作曲家から聞いて、それがフレーズの指定だったり。そこで私の思うように自由に吹いてお戻しして。そしてもうちょっと、こういう感じでどう、そういうやりとりをしながら。決めていったという感じですね。

 

梶浦 基本そうね。好きに吹いて、でもここだけ合わせて、どう。バグパイプ風に吹いてとか。こんぶちゃんには、みんな、任せている感じであると思う。意外と日本のホーンを吹く人というのはきっちりした人か、何のテーマもなくべらべら吹く人と、どうしようか。どういう風にまとめてもらおうかようか、考えないといけない。こんぶちゃんの場合は出てきたものがおもろいやろうな、なんにもいわないほうがどんどんおもしろいなというイメージがあるね。いまだにアカデミック過ぎて、この音があっているか、あってないかどうか、わからないこともあるもん。

 

竹内 あってないこともあります(笑)。

 

梶浦 それを含めてね。それがどう落ち着いていくか、それを含めて面白い。ものがいっぱいできているから、すごいなあと思う。

 

竹内 泳がせていただいているという感じはありますね。ありがたいことです。

 

仲野 こんぶちゃんって、瞬発力というのかな、そのスピード感がすごい。言って、返ってくるみたいなさあ。それがすごくライブやっていてもわかりいいというか。タンタンターンみたいなさあ。

 

――思ってもないものも出てくる。

 

梶浦 それもいい具合にね。ああ、こんな風に吹くんだみたいな。面白いなって。俺、個人的にそれ、多いなと思う。

 

 

――3曲目は「泣くんじゃねぇ」は、一番最初にみなさんに披露された曲ですね。

 

仲野 そうですね。PANTAの歌詞を貰った時に誰に曲を頼もうみたいな話になったわけ。ぶちゃけ、本当に甲本ヒロトとか、チバ‘(チバユウスケ)とか、出たのよ、いっぱい。みんなでしゃべったわけではないけど、田原(田原章雄マネージャー)さんとか、ちっちゃい世界で(笑)。

 

――候補として、名前があがった。

 

仲野 そうそう。でも俺は伊藤(伊藤雄和)くんに作ってもらいたかったから、で、伊藤くんに6編の詩を渡したわけよ。これでお願いしますではなくて。で、伊藤くんがその中でチョイスしたのが「泣くんじゃねぇ」の歌詞で。あっ、伊藤くん、一番いい歌詞選んだなあ。字面でだよ。その時の。やっぱりPANTA、曲になってみると、歌詞書きだなあと思うし。本当に俺に対して、思いのたけで、ああ、茂はこんなのも平気でいっぱい歌った方がいいよみたいな歌詞が散りばめられている。

 

――伊藤さんにはその曲を決め打ちで頼んではなく、全曲の歌詞を渡して、図らずもその曲を選んできたと。

 

仲野 そう。歌詞を皆に配っちゃったからどうすんの、曲かぶっちゃったらどうすんのと言われて、あっと思ったけど、被っても入れちゃおうと思って。初めは。だから歌詞は一緒で、曲は違ってもいれちゃおうかなと。だけど、不思議なことに被んなかった。結局、最後はバンドの中でやったから、あんまり周りに配ってなかった。

 

――そうですね。公募はしてないから。

 

仲野 うん。でも被っても入れちゃおうと思ってたから。初めに。PANTAの詩だから、そういうことやってもPANTA、絶対、怒らないと思っていたし、そんなことやっちゃうんだというのもあったし、それをどうまとめるかは、漠然と考えていた。それ被ってもいれちゃえばいいんだと思ったよ。

 

――以前、お聞きした時に「泣くんじゃねぇ」は応援歌的な歌詞の内容だったじゃないですか、自分が応援歌を歌うのはどうかな、自分が応援歌みたいなのは歌ってきてなかったから、どうかな……と。

 

仲野 そうだね。だからありがたかった。余計に。

 

――自分ではできないから?

 

仲野 そう、自分では書けない。“泣くんじゃねぇ”とか。“泣かせてくれよ”とか。そのワードがさあ、“茂ももうこういうのを歌えよ”みたいな。もう“この野郎、バカ野郎だけじゃないぞ”みたいな。“関係ないものも歌って行けよ”みたいな。そういうPANTAからの応援歌的な意味でも本当にすごい。

 

――PANTAさんが仲野さんの間口を広げたということでしょうか。

 

仲野 本当に前だけど、すごい昔(THE ROCK BAND解散後)にさあ、PANTAと何日間か、六本木を呑み歩いたことがあって、その時にPANTAにいろいろ、相談したり、愚痴こぼしたり、思い出話したり――ていうのが歌詞に盛り込まれているんだよ。よく覚えていたなあみたいなさあ。

 

――あの時、話したことが入っているということですね。

 

仲野 そう。いろいろ散りばめられていて。

 

――リサーチして、記録しているんですね。

 

仲野 そう。脳みそ、すごいよ。あんだけ、情報量がすごくて、色んな事に詳しくて、それでいて、脳みその整理整頓が半端ないよね。PANTAはすごい、“脳みそウィンドウズ”みたいな。パタパタパタ……と。

 

竹内 アップデート、アップデートしている。

 

 

――更新を怠らないというか。今回、シングルという枠はないんですけど、心の中のシングル候補だったという曲ですか。

 

仲野 うん。でも出来上がって見ると、皆、いいものね。

 

梶浦 これはずっとライブでもやってたけど。ライブでずっとやり続けて、その集大成をレコーディングして……大体そうなるとこぢんまりまとまるんだけど、 ライブの時よりも数段いい形でいらないものが削ぎ落とされて。その次にこれが出来上がってライブした時がまた一番良かったというか。 そのぐらいなんかやっぱりこう、みんなで仕上げた感はあるよね。  レコーディングしてからのライブの方がまた良くなっているから。

 

――プロデューサーとしてその辺の手応えは感じましたか? この曲に関しては、ライブを繰り返しやって、で、レコーディングして上がった曲がもっとグレードアップされているみたいな。

 

下山 うん、してくんじゃない?  やっていけば。 まだやってないからね。

 

――そうでした。この取材の時点では、アルバム発売前なのでレコーディングされたものをまだ世の中は聞いてない。

 

下山 でもリハーサルすごくやってレコーディングするとかじゃないので、逆にそういう余地がいっぱいあるんですよね。 やりまくって録ったっていうのはとは違うからね。 そういう余地がたくさんあるから、ライブでやるとどんどんまた変わっていく。

 

 

― 4曲目は仲野さんが曲を書いた「太陽」です。 これ は2番目にライブで下ろした曲ですね。

 

仲野 そうそう。で、これはちょっと歌詞が未完っていうか、だったから、PANTAの歌詞に俺が歌詞をすごい足して。

 

――そうですね。クレジットに作詞はPANTA・仲野茂と連名で書いてあります。

 

仲野 実はその“太陽”っていうワードは、PANTAの歌詞になかったんだけど。 でもなんかこう、どうしても、まあ自分のことで言えば、俺のモチーフはライオンと太陽みたいなものがあった。勝手に好きなんだけどね。 いままでこんなワードはちょっとみたいなのがあったけど、それで、なんだろうね。 だからPANTAの歌詞をもらった時に、ちょっと素直になれてさ、そういう太陽っていうワードも使えるようになった。 さっき言ったように、“もう茂、素直に書けよ。こういうワードも歌ってみろよ。この先、書いてみろよ”みたいな、そういう力をもらった、「太陽」はね。

 

 

――この曲で歌詞を提示されたことによって、自分が素直に書きたいものを書こうというのが生まれたってことですね。

 

仲野 本当にずっとやっぱり頭脳警察の「ふざけるんじゃねえよ」はショックだったけども、その後、もうPANTAとずっと付き合わせてもらった時に、シャンソンが好きだったり、意外な面を知ったりして、“なんとかミュージシャン”なんていう一言では表せないでしょう。いろんな面があった。 だから本当に何て言うかな。 尊敬するっていうか、ミュージシャンとしてね。 俺の中では本当に世界一のミュージシャンだから。 そんなPANTAからいろんなことを教えて貰った気がする。

 

 

――5曲目、「泣かせてくれよ」は岡本さんが作曲しています。

 

仲野 出た!

 

岡本 一応全ての詩を見させていただいた時に、完全に出来上がった詩に曲をつけるというのは初めてだったので、作曲はメロ先・曲先でしか基本的にはやってきてなかった。

 

下山 え、そうなの?アンジーって違うの?

 

岡本 メロ先、曲先。

 

下山 へー、意外だね。

 

岡本 100%、そうなので。僕は字面と言うより行面と言いますか、ちゃんとテーマ、 Aメロ、 Bメロ、サビっていうのが一番綺麗(笑)に揃っていた。では、これは僕がということで取り掛からせていただきました。

 

――要するに曲の構造的に自分が慣れたものであると。

 

岡本 分かりやすい。Aメロ、 Bメロ、サビっていうのが、まあ文字数的にも非常に曲が付けやすいんではないかと思って。

 

――聞いていると、レゲエというか、PANTA&HALの「つれなのふりや」が浮かんできます。

 

岡本 もう完全に「つれなのふりや」と、茂さんがいつも言ってたJAGATARA(じゃがたら)の「タンゴ」を合わせたようになればいいなと思って。

 

――これは完全に種明かしになりますけど、書いてもいいですよね(笑)。

 

岡本 あっ、全然いいです。

 

――やはり「つれなのふりや」はずっと心の中にあった曲なんですか。

 

岡本 そう。

 

――いつかPANTA&HALをやってみたかった。出来としてはもう満足はなさっている?

 

岡本 はい。ええ、もう。最初こんぶちゃんにサックスをファーストテイクで入れてもらった時、俺の中では何て言うか、スティングのソロみたいな、“摩天楼”みたいな感じだったんで(笑)、そこは“ちょっと田舎っぽく”っていうお願いはしましたが……。

 

――「イングリッシュマン・イン・ニューヨーク(Englishman in New York)」じゃなくてみたいな。

 

岡本 それもそれですごい良かったんですけど。だけど、茂さんが歌うっていうことは……(笑)。

 

――田舎っぽくしなければ、いけないということですか。

 

竹内 でもそれにはリズムだったりとか、音の選び方だったりとか、やっぱりポイントがあって、それをこう寄せていくっていう作業は、やっぱりその田舎っぽさっていうところに大事なものがあるんです。

 

岡本 例えば福山雅治が歌うんだったらファーストテイク。

 

仲野 見てくれ近いんだけどね、福山と。外見は近いんだけどね。中身がね、中身が全然違うのよ。でもあれじゃないの? みんなスーツになった時とか。今ならスティングバージョンじゃない?

 

岡本 着るものが変わっただけだから。中身変わってないから、全然。

 

仲野 難しかったですよ、これは歌が。もう岡本プロデューサーのリクエストも多かったんで。

 

――歌い方とか、どういう指示が。

 

岡本 飲み屋で喋っているように歌ってください(笑)。

 

梶浦 どんどん福山から遠ざかる。

 

仲野 でもやっぱりそれほら、岡本ちゃんさがさ、アケミ(江戸アケミ)の「タンゴ」みたく、もっと捨て感っていうかね。だから歌詞がすごく哀愁があるから、これ歌い切っちゃうとちょっと臭くなっちゃうから、本当に飲み屋で、もうしょうがないから一杯飲んでさ。 なんていうのは嘘だけど。  すいません。 やっぱ中身がダメ(笑)。

 

岡本 でも茂さんもちゃんとやっていただいたといいますか。

 

 

●「奇妙な圧力」と「奇妙な果実」

 

 

――6曲目は「奇妙な圧力」になります。この曲はPANTAさんの歌詞ですが、仲野さんも歌詞作りに関わっています。仲野さんが作曲しています。

 

仲野 はい。これもその 6編の中では、その未完っていうか、多分、PANTAは「奇妙な果実」、ビリー・ホリデーの同曲から取ったと思うけど、 ただ、ちょっと俺には荷が重すぎるから。田原さんに“これはちょっと俺なりに変えていい? ”っていう了解を取って。  それであの最後のくだりとか、まあ言葉尻がちょっと変だったけど。 あの樹木の“木”と気分の“気”をかけて。あと、俺のテーマの中に“同調圧力”っていうものと、それをうまく引っ掛けて。もう日本人特有みたいなこと、車、全然通ってねえのに、赤信号でずっとバカみたいに待っているみたいなね。 それをどうこう。 もちろん俺、その“ミシシッピーの悲劇”とか、聞いたことはあるけども、それをなんかこう、もうちょっと自分たちの環境に寄せて歌えないとリアリティがないから。 で、どうしようと思っていた時に、その同調圧力みたいなワードがあったから、それと引っ掛けて“奇妙な圧力”に変えて。

 

――ノンフィクション作家&映画監督の森達也さんが監督した映画『福田村事件』(1923年9月1日に発生した関東大震災から5日後、千葉県福田村で実際に起こった行商団9人の虐殺事件を主題にした映画。2023年に公開された)が浮かびました。

 

仲野 俺らはそんな重くないよ。 ただ、俺が言いたかったのは、その空気を読むとか、そういう同調圧力とかさ、空気なんか読むなよっていう、誰の人生だよっていうことをさ、やっぱりその裏にあるから。 そんな大げさなことじゃなくて、自分の人生をどうやって生きるの? みたいなさ、人の顔色ばっかり伺っててもしょうがないじゃんっていう思いを込めて。

 

梶浦 今の日本を表しているじゃないですか。周りのプレッシャーばっかりを考えて生きてるっていうか。コンプライアンスは完全にそんなのばっかりで。

 

仲野 あれもいらってくる、コンプライアンス。

 

――この曲の詩を(福岡でのPANTAへのビデオメッセージで)朗読されたって言ったじゃないですか。橋のたもとに変な木がある――というのを朗読されたんですか?

 

仲野 そう、ど頭のフレーズだと思うね。PANTAにビデオレターで送ったの。その頭のワンブロックはPANTAが書いてくれた。

 

――逆に言うと、これはもう 3年以上前からあった歌詞だったんですね。

 

 

仲野 ああ、そうか。そうだよね。だってビデオメッセージで朗読してるわけだから。歌詞はあった。確かに。

 

 

――7曲目の「金科玉条 」、これは作詞・ 仲野茂、 作曲 ・下山淳とクレジットされています。これは仲野さんと下山さんのタッグで作った仲野茂バンドのオリジナルです。

 

下山 梶浦と岡本となんかこんな感じのバンドサウンドどうかなっていうのを話してる中で 作ってみたんですよね。 こんなバンドのサウンドだったら、茂どうやって歌うかなっていう。 茂が聞いてくれて。 まんまと嵌りました。

 

梶浦 下山さんはヒントが少ないんですよ。めっちゃくちゃ少ないんですよ。

 

――それを連想ゲームのようにして翻案して曲にする。

 

梶浦 なんか、試されているのかみたいな感じで。

 

――これは曲が先、詞が先なんですか。

 

下山 いや、曲が先です。それは。

 

――結構大変だったんじゃないですか。作業は。

 

仲野 大変だよ。 大変だよ。 めちゃめちゃ大変。  でもこの「金科玉条」と9曲目の「Fury」はもう下山の意地だから。 話がすごい戻っちゃうけども、PANTAの詞、「月夜のブルース」、見つかって7個しかなかった。『粋』でミニアルバムを出してて、7曲 だとフル(フルアルバム)になんない? で、初めはもう頭脳警察のカヴァーとか、ありものを入れちゃえばでやったんですよ。 下山はいやだって。 オリジナルでフルアルバム作るって。 で、意地で2曲持ってきて、茂のこれでなんとかしろ! 無理っすみたいな(笑)。

 

――そうか、曲としてのありようは7曲目と9曲目は一緒だったわけですね。9曲目の“Fury”も、“激情”とか、“激怒”とか、かなり意味の強い言葉です。これも曲があって、茂さんに詞をつけてもらう。これまたハードルの上がる作業だったのではないですか。

 

 

仲野 そう。でも「Fury」っていうタイトルは下山が持ってきたから、やっぱり下山面白いなと思った。俺だったら“RAGEな”んだけど、“Fury”って使う?みたいな。

 

――確かにそうですね。

 

仲野 でも“Fury”て、あれよ、“復讐の女神”だから。昔、『フューリー(THE FURY)』(1978年に公開されたブライアン・デ・パルマ監督のオカルト・サスペンス巨編)って映画にもなった。

 

 

――同曲は元メスカリン・ドライヴ、元ソウル・フラワー・ユニオンのうつみようこさんがコーラスをつけています。

 

下山 これはようこしかいないんじゃない?と思って。暑苦しい……。

 

――ちょっと怖いというか、圧のあるヴォーカルでした

 

下山 そうね。イメージしていたのとちょっと違ったけど、彼女は彼女なりに頑張ってくれて。

 

仲野 まさに“Fury”じゃん。そう

 

梶浦 全般的に言えるんだけど、下山さんの頭にはなんかちゃんと見えてるものがあるんですよ。 間違いなく。 そのヒントが少ないんで、一生懸命やるけど。やっぱりその「奇妙な圧力」も、茂が一生懸命、ギターの弾き語りでデモを持ってきた、これどう構築しようかなと思って。 その小節とかほとんど関係なく好きに歌っているから。 下山さんが一言、そのままでいいんじゃないって言って。 TOSHIさんが叩くパーカッションとか、多分、下山さんは見えてるんですよ。 だから俺はリズム録りが終わると、(ダビングやミキシングには立ち合わないので)福岡にいて、出来上がりが来るたびにニヤニヤニヤニヤして、こんなになるんだ。 ああ、なるほどなみたいな。

 

――詳細に説明しなくても、何気ない一言からメンバーは膨らましてくれると信じていたっていう感じですか。

 

下山 そうだね。

 

 

――曲順が前後しますが、8曲目に逆って、「月夜のブルース」に関して教えてください。当初はPANTAさんが仲野さんのために書いた詩は6曲と言われていましたが、もう1曲出てきた。

 

仲野 その6編だと思ってたら、田原さんがもう1編見っけてきて、下山と俺に LINEで送ってくれて。 だから初めの6編(田原によると、7編目は2024年2月5日にリリースされた頭脳警察の『東京オオカミ』の制作で歌詞だけ出来ていて、曲がないものが何編かあり、その1編)になかったんで、下山が改めて曲つけてくれて。 そしたらすごいいい曲だから、それとPANTAの歌詞を読んでいて。“おまえに会いさえしなければ” と“おまえを愛さえしなければ“って、あれと思って、“に”と“を”変えただけで、会うのと愛っていうのがちょっと引っかかって、ちょっと言葉遊びを入れてみた。

 

梶浦 今回ちょっとダブルミーニングがキーポイントになっているとこあるよね。

 

仲野 あるね。そのおまえに会えさえしなければね。ビスケットもあげずに済んだのに。ただ、おまえを愛さえしなければ、こんなことさえしなかったのにってのは付け足させてもらったんだけど。

 

梶浦 本当の言葉でいうとおまえを愛しさえしなければってことだよね。

 

仲野 そうそう。 ただその言葉遊びとして会う、出会いと愛、おまえを愛するをひっかけて。だから、ちょっと言葉遊びをしてみた。まあ、それは下山が作ってきてくれたサビが結構多かったから、やっぱここはちょっとワードを変えて。  愛を持ってきてっていうかね。 だから本当にそのPANTAの歌詞のおかげで、今まで書けなかった歌詞っていうさ、そんなことすら思いもつかなかった俺がね、今回はそうやってすごいPANTAに触発されて言葉遊びしてみたり。会うと愛をかけてみたりっていうことができたのがすごく嬉しい。

 

 

――PANTAさんの歌詞をもらって、歌詞を歌うことによって、なんか仲野さんの歌詞も新たに生まれてきたって感じですか。

 

仲野 そうだね。 すごくこう、自分で言うのもなんだけど、その使うワードの自由度が増えたっていうかね。それはやっぱりどうしても亜無亜危異(アナーキー)っていうカテゴライズ、なんていうか、どんどん自分でカテゴライズしていくっていうかさ、気づかないうちにね。 そんなのはパンクっぽくねえよ、みたいな、ロックっぽくねえよみたいな――してないつもりだけど、意外に自分のことってわかんないじゃない。 それがやっぱり今回、PANTAの歌詞のおかげで、どんなワードだって使ったっていいじゃない、茂よっていうね。 本当に何かPANTAの歌詞を読めば読むほど、そうやって、何照れてんだよ、もっと自由に使えよ。 それがロックじゃねえのか、みたいなものに気づいて。

 

梶浦 茂はこういう男です。愛に溢れている。照れ臭いから暴力的に振舞っている。

 

――意識する、しないに関わらず、やっぱり亜無亜危異(アナーキー)の枠とか、そういったものに結構、頑じがらめになっちゃったってことなんですかね。

 

仲野 あ、当時? やっぱそれはさ、亜無亜危異やっている限りはさ、亜無亜危異でいるしかないわけじゃん。  それは、やっぱりちゃんと。ピストルズがさ、ライドンがロットンを演じるようにさ。 そうじゃないと「東京イズバーニング」がリアリティなくなっちゃうからさ。  嘘だろうがなんだろうが、ちゃんとお芝居しないとね。

 

 

●レコーディングを終えて――本当に素晴らしいアルバムができた

 

――最後に今回のレコ―ディングをやり終えて、どんな感想を抱きましたか。

 

仲野 なんか本当に素晴らしいアルバムができたっていうかね。まあ下山も言ったけども、もう本当こんぶちゃんが入ることによってさ、カテゴライズされないっていうか、俺たちはどこでも行けるなっていう。そのロックアルバムとはちょっと呼びにくいし、やったみたいな思いはあるよ。 さっき言った自分をカテゴライズしてたものを全部、PANTAのおかげでぶち壊せて。で、そういう時に本当にみんなに力を借りた。 メンバーにね。 やっぱり下山のギター、メロウで素敵だしさ。 で、梶浦のドラムも岡本ちゃんのベースも本当になんだか、すげえ満足してる。 俺の中では 『四月の海賊たち』(THE ROCK BANDが1987年にリリースしたセカンドアルバム。名盤の誉れ高し)を抜いたかもしれない。

 

梶浦 まあ俺も被るとこもあるけど、やっぱどうしてもね、みんな先入観を持っているんですよ。 このバンドに対して。 過去の歴史じゃないけどもあるし、茂が歌っていることで、やっぱりどうしても亜無亜危異(アナーキー)のイメージが取れない。 だから福岡で俺がプロデュースしてライブやった時も、いろんなやつ連れてきて、茂バンドってこんな感じなんですか? ってみんな言うわけ。  だから、そういう先入観を取っ払って、ナチュラルに聞いて、本当に新人バンドとして聞いて欲しい。

 

竹内 そうですね。 ライブでどうなっていくか、これからいろいろと詰まっていく時もあるだろうし、私たちもまだ新鮮に触れ合うような段階なので、お客さんも一緒に曲を育てていくような気持ちで、いろいろライブとか楽しんでもらえたらいいなと思います。 始まりですかね。 やっぱね、PANTAさんと、皆さんとで書いていく曲と演奏とで、始まりっていう感じなので、これからどうなっていくか楽しみです。

 

岡本 まあ一言で言いますと、“最高作はネクスト!”。

 

全員 (笑)

 

仲野 おお。ただ、岡本ちゃん、ネクストの時はPANTAの力ないよ。

 

岡本 だからこそ。

 

――PANTAさんの歌詞を歌って、力を得た仲野さんがいるから、次回はまた別格ではないですか。

 

仲野 そうあってほしいけどね。うん。まあ、ちょっと甘えん坊なところがあるからな。自分で言うのもなんだけど(笑)。

 

――今回はまとめ役として下山さんが大変な作業をなさったと思うんですが、改めて作り終えて、いかがでしたか?

 

下山 完成できてよかったですよ。 仲野茂バンドもそうなんだけど、PANTAについて、思いがそれぞれあるし。彼がいなくなったっていうことに対しての落とし前みたいなのを自分の中ではつけられたので、それが自分には一番よかったなって。  あと、60過ぎのおっちゃんたちが結構、頑張った。そんなにないことだと思う。実は ありそうでないでしょう。 で、ちゃんとロックロールしているので、よかったと思うんですね。

 

――60 過ぎてソロとしてバンバンやっている人はいるけど、バンドってなると、何かそんなに多くないですね。だんだんメンバーが虫食い状態になってきてしまう。

 

下山 まあ、あまり言いたくないけど、どんどん僕らの世代もいなくなっているので。なおさら自分の中では必要なんですけどね、結構。若い人もいるけどもね。

 

――逆に今回これをやり終えたってことは、なんかまた下山さんの新たな力っていうか、元気の元になるのではないですか。

 

下山 そうですね。もうそろそろ、そういうこと言ってもいいかなっていう年頃なので。そう思います。

 

 

写真・中村光江 (4月5日<日>に渋谷La.mamaで開催された『1stワンマンライブ』

から)