『サンタクロースの不在』の続きで、これにて終話となります。
ぱちん、という音と共に部屋を包んだのは、蛍光灯の無機質な白色灯ではなく、あたたかみのあるオレンジ色の光だった。光が灯ったことでわかる、電飾がキラキラと部屋を彩っていた。
「へ……?」
「あ、れ……キョーコ、起きちゃったの?」
その光に照らされながら、参ったな、と頭を掻くのは、最愛の人。私はまだドッドッと忙しなく動く心臓を押さえて、首を傾げた。
「れ、蓮?どうして……」
明かりでようやく見ることのできた壁がけ時計は、23時を指している。まだ、今日は25日だ。この時間に蓮がいるなんて、ありえない。
もしかしてまだ夢のなかにいるのでは、と思い、私は自分の頬をつねった。だけどジンジンと痛みがしっかり感じられて、私は更に首を傾げることになった。
「キョーコ!?何してるんだ!」
「蓮、なんでいるの……?夢じゃないの?」
駆け寄ってきた蓮に手を取られる。つねった頬を撫でられて、その手のひらから伝わる熱に、私はぎゅっと頬を押し付けた。
「う、うーん……ああ、もう仕方ないか……」
そう、呟く蓮。わからなくて、じぃと見上げていると、蓮は眉をハの字にして、私と向かい合うようにソファに座った。
「キョーコ……良いお知らせと、残念なお知らせがあるんだ」
「何……?」
「実は……俺は今年で、サンタクロースを引退することになったんだ」
なんでもないように告げられた言葉に、私はひゅっと息を吸い込んだ。
サンタクロースを……引退?
「な、なんで!?どうして!?」
私はパニックになりつつも、蓮を問い詰めた。
だって、蓮は小さな頃からサンタクロースに憧れて、サンタクロースになりたくて、その夢がようやく叶って、まだ何年も経っていないのに。
「それはね……キョーコの、お腹の中にいる子のためだよ」
「私のお腹?」
手を当てて、ハッとする。もしかして、体のダルさも、熱っぽさも、ご飯を作っている時の気分の悪さも…………私、妊娠、してる?
「いいお知らせは、それ。キョーコ、自分では気づいてなかっただろう?子供ができると、サンタクロースは引退なんだ。来年には俺はパパになっているだろうから、今年でサンタクロースは引退」
「そんな……」
お腹に手を置いたまま項垂れていると、ぺちりも額を叩かれる。
「こら。もしかして、知ってれば子供作らなかったのに……なんて思ってないだろうね?」
「!」
図星をつかれて目を見開くと、蓮に苦笑された。
「まったくもう……いいんだよ。知ってて、俺が欲しがったんだから。結婚も前なのに、ごめんね?」
「ううん!私もその……うれしい、から!……でも、蓮の夢が」
「もう充分だよ。これからは、君と、俺たちの子供のためだけに生きていくから。とても幸せなことだよ」
「蓮……」
頬を包む大きな手のひらに、涙が止まらない。慌てたようにその涙を拭ってくれる蓮に、更に止まらなくなる。
うれしいけど、悲しくて、申し訳なくて。
「蓮……」
蓮は私の目元にキスを一つすると、段取り悪くてごめんね、と前置いて、ポケットから四角い箱を取り出した。
「俺と、結婚してください」
キラキラと、電飾の光を浴びて光る指輪。
「……はい……」
私は泣きながら頷き、顔を傾けた蓮とそっと唇を重ねた。
ほんの一時間だけだったけれど、初めて一緒に過ごした、私の誕生日だった。
――数年後。
「ジングルベールジングルベール!」
すっかり大きくなった、私たちの子供。ご機嫌でもみの木を飾り付ける後ろ姿を見つめながら、私は大きくなり始めたお腹を撫でた。二人目の命が、私のお腹に宿っている。
そして隣には、私とお腹の子ごと包み込むようにして座る蓮がいる。
12月25日。今日はクリスマスで、私の誕生日。
蓮がサンタクロースを引退した年から、この日は必ず仕事を休んで一緒にいてくれる。今では引っ越し業者の仕事もベテランの仲間入りをしていて、近々今所属しているエリアの支社長になることが決まっているという。おかげで生活は安定したもので、子宝にも恵まれ、何の不満もない……むしろ幸せすぎて怖いくらいの毎日だ。
ただ今も、サンタクロースをやめなければならなくなってしまったことを申し訳なく思っているのは、私だけの秘密。申し訳なく思うことこそ、私たちを選んでくれた蓮に申し訳ないことだから。
そっと胸に秘めて、私はそういえばと、ずっと疑問に思っていたことを、聞いてみることにした。
「ねえ。なんで、子供ができたらサンタクロースでいられないの?」
「ああ、簡単なことだよ」
蓮はなぜか少し胸をそらして言った。
「だって子供がいたら、サンタクロースの正体がお父さんだって、本当になってしまうだろう?」
自慢気に、誇らしさすら滲ませて同意を求める蓮に、私はつい、笑ってしまった。
サンタクロースはたとえ引退しても、子供に夢を与え続けてくれるものらしい。
「ねえお父さん、お母さん。サンタクロース、ちゃんとプレゼント持ってきてくれるかなぁ?」
「大丈夫。絶対来てくれるわよ」
「本当に?絶対?」
我が子の不安げな顔に、私と蓮は笑いかけた。
「ええ、絶対!ね、蓮?」
「ああ、絶対来るよ」
サンタクロースを信じる人の所には、いつまでだって。
end.
本館掲載2013/12/27~2014/2/15