天/野月/子さんの同タイトルの曲から。
パラレルです。
蓮さんがなんと孔雀です。
言葉ない愛を伝える日々の話。
ある、小さな研究所の、裏手。居住スペースのすぐ側に、小さくはない小屋があった。その中で羽を休めているのは、一羽の雄の孔雀だった。
彼は、それは美しい羽根の持ち主だった。しかし、彼のその羽が開かれることはそうそうない。パートナーが同じ小屋の中にいないことが、その理由ではない。彼にはパートナーが存在するのだ。
ただし、彼の心の中でのみ、という前提がついてしまうのだが。
「おはよう、蓮」
彼の一日は、その声から始まる。彼は目を開き、小屋の外で鍵を外している声の持ち主を見つけると、のっそりと立ち上がり、ふるりと一度、身を震わせた。
そうして彼の小屋の扉を開け、入ってきたのは、白衣を着た妙齢の女性であった。彼女はこの研究所の所長であり、彼をここに連れてきた人物である。世間一般には、彼女は彼の『飼い主』である。しかし、彼は一度たりとて彼女のことをそうと見たことはなかった。
彼は彼女の持ってきた自分の食事には見向きもせず、膝をついた彼女の前に立ち、羽を広げた。
ピーコック・グリーンと呼ばれる鮮やかな飾り羽が、ふるふると震えながらぶわりと一息に広がる。体の何倍もある羽を広げたまま、彼は彼女を見つめ続けた。
しかし彼女は困ったように笑うと、彼の食事の乗ったトレイを地面に置いて、彼の首に手を伸ばし、そっと撫でた。
「こら。そういうのは、仲間の女の子にするものよー・・・・・・って、ここじゃあいないわねぇ」
彼女の小さな叱責には耳を貸さず、彼は己を撫でる彼女の手にうっとりと目を細めた。羽をたたんで、首をすり寄せてもっととねだる。
「ご飯、ちゃんと食べてね」
しかし無情にも、ささやかな朝の逢瀬は、その一言で終わりを迎える。彼女は彼の引き留める眼差しに構わず立ち上がり、小屋の外へと出ていってしまう。彼は彼女のぴんと伸びた背中が研究所へと消えていくのを見送り、ため息をついた。
彼は、彼女を愛しているのに、彼女にその想いは一向に伝わらない。彼女に出会ってから、彼は毎日欠かさず彼女にその羽を広げて見せる。彼女に想いを告げる声も、彼女を抱き締める腕も、彼女にキスをする唇も、彼は持っていない。彼女に想いを伝える術は、彼にはこのたった一つしかないから。
どんなに足掻いたって、彼は彼女の、愛する『人』にはなれないけど。
だけどどうか、この想いだけは伝わってほしくて。
だから彼は、また彼女にその見事な羽を広げるだろう。返されるのが愛の言葉などではなく、少し困ったような笑顔だけだとしても。
いつか彼女の唇に口づけられる日を夢見て、彼は少しばかり、その美しい羽を膨らませるのであった。
end.