土用の丑の日に | zuzu's room ズーズーズルーム

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驚くべき速さで、もう1カ月前の話になってしまって驚くのだが、

土用の丑の日に、ウナギのいいのを買って施設にいる母のところに持って行き、

一緒に食べた。

 


自分のためなら決して買わぬような高額の一本ものの国産ウナギ。


ダイエーで買ったけど。


後半に、だし茶漬けができるよう、保温ポットに入れた薄味の出しと

わさびと奈良漬けのきゅうりも用意した。



母に前もって次回ウナギの件を伝えたときには

非常に喜んでいたが、当日はモチロンさっぱり忘れていて、

改めて非常に喜んでくれた。

朝から晩まで、行き届かぬ施設の薄暗い椅子に座って、

ただただ娘の来訪を待っているだけの人だから、

せめて予告時点から当日まで、ウナギを楽しみに待てたら

すこしは生き甲斐もあろうと思うのだが、そうなっていないのが

気の毒でもあり、こちらも残念だ。



とは言え、バッグからウナギ載せごはん入りのサーモスを取り出し、

フタを開けると、

「ああ! いいにおい・・・!」

ぼんやりした顔を精一杯に輝かせたから、

さっそくこちらもうれしくなって、箸を渡してすすめた。



このときの予感は:

美味しい美味しいと詠嘆しながら平らげ、

嬉しそうに箸をおき、覚えている限りの未来まで


「ウナギが美味しかった! 」


と言い続けるだろう。

というものであった。



しかし、ウナギタイムが進むにつれ、

母分野でエキスパート度世界一の私が、

はじめのうれしい気持ちからガッカリの崖をどんどん

滑り落ちて行くのだから、人生一寸先は闇ということわざが

生まれてしまうわけである。



3口食べた頃から母の箸が進まなくなり、

顔から輝きが失われた。

箸では食べにくいのかと思い、フォークを渡すも、変化なし。

突然飲み込みが悪くなったのかと、出しを入れてやると

一度だけ 「美味しい」 と言ったものの、やはり浮かぬ顔は変わらない。

開口部の径のわりに底の深いサーモスが食べにくいのでは、と

薬味を入れて行ったプラスチック容器に移してやったら

やっと箸が、というかスプーンが進み出した。

食べにくかったのはどうも間違いないらしい。

しかし、表情は晴れぬ。



―なんなんこのBBA?

とも思うが、何より不思議であり、

こちらも沈む気持ちで考えこみながら、高いウナギをモソモソと腹に入れた。

絶滅危惧種の国産ウナギをこんなふうにしか消費できぬとは、

このウナギを生んだ母ウナギに心から済まぬ思いだ。



いつもそうだが、器に残り少なくなってくると、うまく食べられなくなるから、

後半は私が食べさせるのだが、

美味しくないなら食べないはずなのに、不幸の色を顔に貼り付けたまま

口元にスプーンが来れば積極的に口を開け、

最後の一口を食べ終わると、

「美味しかった・・・」

と言った。

世辞ではありえない。

世辞を言う機能はとうに失った人なのだ。



その後、茶を飲みながら、母は何度も

「ウナギ、美味しかった・・・」

と悲しみを帯びた沈思の顔色で言うのだ。

「・・・美味しかったんかい・・・・」

なんなんやこのBBAは。

意味不明だ。



傾げた小首が戻らぬ思いで帰って来た。



母エキスパート世界一位の私だから、わからぬでは済まされない。

考え続けた結果、たぶんコレだというのは、

コレだ:

美味しすぎて、どうしていいか分からない。

→ そこへ持って来てちょっと食べにくくてどうしていいか分からない。

→ どうしていいか分からない。




本件について友人Y子に意見を求めたところ、

Y子の見解も同じようなものであったので、

おそらく正解と見てよかろうと思う。



その後、母は覚えている限りの未来まで

「ウナギ、美味しかった。」

と感想を言い続けたのであった。