ちょうど2年前の今ごろに、3キロ離れた隣の駅の公園まで私と一緒に
歩いたのが、母のまともな長距離徒歩の最後となったのを覚えている。
その後まもなくあまり歩けなくなった。
足腰が弱ったというより、不安感があって歩くのがいやになったようであった。
「まともな」長距離徒歩の最後、と書いたのは、
まともでない長距離徒歩なら、まだまだできたからである。
つまり徘徊はいくらでもできた。
母については、まともなときというのはないのであるが、
それでもまだ、一人で外を歩くのは怖い、と思っているのはある程度正常に
判断しているからで、夜、一旦就寝してからふと目を覚ますと、
「ここはどこ!?」 とパニックになり、まともでない長距離徒歩をしてしまう。
徘徊先で母をピックアップしての帰り道に、母の語ったところによると、
昼間でも怖いはずの独り歩きを夜道でするために、
母は決死の覚悟をして家を出、怖くなっては自分を自分で励まし、
苦しくなっては自分で自分に檄を飛ばして歩くのだという。
50年も住んだ自分の家からよろよろと逃げ出し、
現実にはどこにもない安らぎの場所を求めて
悲壮な思いで夜道を歩く、その気持ちを思いやると胸が痛む。
しかし、私や周りの人にとっては、やはりものすごく迷惑であった。
施設に入って、徐々に徘徊はおさまったが、
歩ける距離もどんどん短くなった。
病院の駐車場から診察室まで、などはまだ大丈夫だが、
行楽ができなくなりつつある。
ゆえに、車椅子の導入を考えた。
介護用品店で見積もりをとってもらったら、6万~7万であった。
思ったよりは安価だが、金額として低いわけではないので、
一旦持ち帰って考えることにした。
2週間ほど考えたり忘れたりしているうちに、施設の入所者が乗っている
車椅子が、どれも似ていることに気が付いた。
もしかすると、と考えて施設に聞いてみたら、施設所有の車椅子を
貸しているとのことである。
しかもそのまま外出してもよいので、入所者は車椅子を買う必要がないのだという。
政府の方針で、そうなっているらしい。
いいとこあるゼ、日本政府。
いや、介護保険制度に関していえば、いいところしかないというのが
今のところの私の見解である。
私が高齢者になるころには破綻しているような気がする、
というのが、玉に瑕ではあるが。
とりあえず、もう少しで買うところであった車椅子を
買わないで済んだ。
前もって教えておいてくれないとダメではなかろうか、
と、施設については思うところもあるが・・・・・・やはりありがたい。
そして意思決定にのろのろしていた自分にもカンパイしたい。
介護においてはあらゆる局面で補助のある可能性を
考えなければならないのだ。