母がごみに出すものをビニール袋に入れる作業をして
黙って大騒動をしていた。
母という人は、他の人にとってなんでもない
こんなことを非常に苦にして、取り組むとなると決死の覚悟で
挑むのだった。
見ると、大きなビニール袋の中に、布のスリッパが入っている。
不燃物だと判断したらしい。
よくある母らしい間違いだ。
こんなときの常として、私の中に苛立ちが湧き上がり、
スリッパが不燃なわけないでしょ、と言おうとして
ふと、これが夢であることに気が付いた。
忙しく立ち回っているために、母の姿は時折ちらちらと
見えるだけだが、家のあちこちからごみを集めて、
曲がりなりにも選り分けていく母の明瞭な頭の働きと
生き生きとした所作が家の空気を作っている。
認知症が訪れる前の、私が母の子であった頃の
我が家の雰囲気だ。
今はもう望むべくもない普通の様子で家事をする母のいる、
現実には失われた日常だ。
15年も昔の我が家に身をおくことが許された、
こんな稀有な時間に、スリッパがどうのと、要らぬ口をきいて
しあわせを壊す意味がどこにある。
そう思ったから、黙ってそこに立っていた。
「えーと、これは燃えるな。これは…ああ、重!」
考えや嘆きを丸出しに口にする声も聞こえてきた。
忘れていた懐かしい口調だ。
—もっとはっきりと顔を見たい。
—もっとはっきりと顔を見たい。
—私に話しかけてくれないだろうか。
そう思ったが、夢は終わって消えてしまった。
目が覚めてややこしい気分になるのは迷惑なのだが、
自分で勝手に見た夢だから、文句を言っていく筋合いの
先がない。