日一日と秋が深まっている最中ですが、
いかがでしたか、栗拾いの調子は。
栗拾い・・・。
筆者はこの秋のレジャーについて、常とは異なる特別な思いを持っておるのでございます。
これまでの生涯でたった一度だけの栗拾いの経験について、
とうとう今日という日に語ってしまおう、そう決意した本日の筆者なのでございます。
あれは忘れもしない、小学校の、詳しい年は忘れましたが、
たぶん低学年の?ある秋の遠足?でした。忘れもしません。
小学校のある市は、北側3分の2が田園地帯というかもう
過疎もヤバイほどのド田舎ですから、ものの1時間もバスに揺られれば
そこはもう、子供心には遠足感も十分な異郷の地なのでございました。
その日の遠足のメインエベントが、栗拾いだったのでございます。
とある農家の庭に集められた筆者らジャリズに、先生が栗拾いのルールを説明し、
「分かりましたか?」
と聞かれてみんなで
「ハーイ!!」
と返事したのち、農家の所有する栗林へ。
そこで繰り広げられた、くりひろいでくりひろげられた驚愕の出来事・・・!!
あの時感じた屈辱と、大人に対する不信感・・・!!
お聞きくださいまし。
小さな胸を期待に膨らませたジャリズの前に、農園のじいさんが
竹で編んだ大きな籠を持って登場いたします。
そして、なんの挨拶をするでもなく、いきなり上体をひねって
円盤投げよろしく大きく扇状に撒いたのは、撒いたのは・・・
イガグリ。
イガグリだったんでございますよあんた。
事態が把握できずに戸惑うジャリの筆者―。
そしてじいさんは、何の思いやりもないダミ声にて、
「ほれ拾え。」
と言い放ったのでございます。
そのあまりの子供バカにし度に、誇り高いジャリであった筆者は呆然たる思いで
ございましたが、加えてもっと驚かされたのが、クラスメートが嬉々として
たった今じいさんが撒いた栗を対象に、栗拾いを開始したことなのでございました。
ああ、みなさん、そんなことだからジイサンだの先生だのにこのようにバカにされ尽くすのですよ。
これこそが 「子供だまし」 という言葉がこの世に存在し続けるゆえんなのです。
その、一旦栗拾い済みの栗が目の前で再び撒かれたヤツを再び栗拾うのをやめるのです、今すぐ!
と心イッパイに思ったのでございますが、しょせんは多勢に無勢。
口には何も出せずに、空気を壊さない程度に暗澹たる気持ちで数個を拾った筆者でございました。
この日の苦い思いのために、「栗拾い」 という言葉から筆者が連想するイメージは、
その後40数年にわたって暗くネガティブに彩られてしまうハメになったのでございます。
にもかかわらず、最近になってからこの話を友人知人に2回ほどしたところ、
2回とも
「っかわいくないコドモ~~~!!」
と、あの日の筆者が責められてしまう結果になってしまったことに、
ふたたび愕然とする今の筆者なのでございます。