2016年の決意 My Resolution for 2016 | zuzu's room ズーズーズルーム

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全国平均より高率で高齢化の進む我が一族。

また親戚のじいさんが亡くなった。

母の従兄であるこの人は、良く知らないが最低でも91才

に達しており、ついこの前まで一人でダイエーに歩いて行き、

買い物して帰って来れるようなしっかり老人であり、

どう考えても77才より上ではなかろう、といった若々しい

容貌を持つお達者じいさんであった。

この人がこの秋入院して一昨日亡くなったとなれば

もう悲しい部分がほとんどない死と言えよう。

少なくとも筆者は付き合いも浅く、悲しいとまでは言えない。



であるからして、つい、この年末のややこしいときにか・・・!

と思ってしまう。

この一家は、この人が12月25日、この人の父が12月28日、

この人の継母が同じく12月28日を命日としている

ただならぬ一家なのである。



とりあえずお通夜に行ってくる。



今帰って来た。



お通夜終わりに喪主である息子と話していたら、

この人がいたく父の死を惜しんでおり、

悲しそうにしていたので、上記のような感想しか持てなかった

筆者は俄然申し訳ない気持ちになった。



この息子はずっと独身で、ここ数年は父と二人暮らしをしており、

その間ずっと父が主夫となって自分が世話をされる側であった。

そして父の入院後、生まれて初めて主夫業を経験して、

老父のありがたさを全身で思い知ったのである。

そしてやっと最期の2カ月ほどを世話をする側になったところ、

日々弱ってゆくだけの父が、亡くなる前日まで

「ありがとう」

「ありがとう」 

と感謝し続けてくれたらしい。

こんな形でしか孝行しなかったオレに・・・・!!!

その上、年が明けると過密スケジュールが待っている自分の

都合に合わせてくれたかのように年末の休み中に亡くなってくれたとは、

なんと最期の最後まで息子孝行なオヤジだったことか・・・・・!!!

と思うと父のことが懐かしまれ、父の死が惜しまれ、

これから始まる独りだけの暮らしの寂しさが思いやられ、

彼の顔には意気消沈の色がありありと表れていた。



ああ、老母の保護者になり果てて十数年になる筆者には

もうこんな気持ちも想像できなくなっていたのである。

自分は、母の葬式の日に、こんなに母を懐かしんでやれるだろうか?

母に対する感謝の言葉をこんなふうに親族に語れるだろうか?

今想像する限りでは、とても無理な気がする。

きっと肩の荷が下りた安堵が、筆者の心の最も大きな部分を占めてしまうことだろう。



そう言えば、筆者の老母は、その母を子供の頃に喪っており、

彼女が母を慕う気持ちはそれはそれはもう子供のそれと同じほど

幼く、強く、純粋なのである。

そして、母の死後70年以上経っても一目でいいから母に会いたい気持ちが

薄まらないようである。

筆者の老母が母を喪ったのは老母にまだはっきりした自我も確立されていず、

親との衝突もまだほとんど経験しないうちのことであるから、

筆者と老母の関係と比べることはそもそも無理であるが、

老母が母を慕う気持ちの10分の一でも、

筆者は筆者の母の死後持つことができるだろうか?

一目でいいからもう一度会いたい、と思うだろうか?

今はわからない。

今は老母のことが筆者の中で負担になりすぎているから

わからないのだ。



しかし、もっと予想の付くことも一つある。

今の老母への自分の関わり方を悔いる可能性があることである。

今のままではダメな気がする。

でも改善も非常に難しい気がする。

理路整然として白黒のはっきりしたことが大好きな筆者には

認知症特有の支離滅裂がつらくてならないのである。

だからきちんと相手をしてやらない。

叱っても仕方がないのに叱ってしまう。

ダメな気がする。

でもどうしてよいかわからない。

本当のところ、そもそもの始めから、感覚型で論理的思考の苦手な母

との意思疎通が、生涯を通じて筆者にはできないままなのだ。

だから、このどうしてよいかわからなさは、筋金入りである。

しかし、どうしてよいかわからないが、どうにかした方がよいという認識を

本日新たにすることはできたので、新しい年はこの点にもっと留意して

生きてゆこうと思う次第である。



そんなことを思いながら帰って来た。



それと、こんなことも思いながら帰って来た。

買ったときはベルトをしないと落ちていた喪服のズボンの

ウエストが超ピッタリになってきていることを

ちょっと前から徐々に感じていたのが、本日この点がもう疑うべくもない

明確さを持って筆者に直面してきた。

かがむことがしんどくなっているのである。

立っているとそうでもないが、座るとビチビチな感じがするのである。

これ以上太るとこのスーツを始めとして手持ちの服をどんどん買い替えていく

必要性が生じてしまう。

そんなことはいろいろな意味で、絶対にできぬから、

よし、新年の目標を 「痩せる」 にしよう。

来年は目標3キロとして痩せてみせる!!



人が死ぬと、こんなふうにいろいろな想いが

起こってくるのである。



おわり。