お疲れ様です。
筆者のとこは夕べ学生時代のサークルのミニ同窓会があり、
大変に楽しかった次第なのだ。
どいつもこいつもイイ感じで年を取り、
みんな立派な中年になっていた。
学生時代は、はたから見るとアホばっかりにしか見えなかったと思うが、
こっちはソレだけではないつもりであったが、
やっぱりそうでもなかったらしい。
しかし、筆者のガラケーがまるで時代の遺物か何かのように
笑われたのは心外であった。
ガラケーのどこが時代の遺物だ。
若干トレンディでないというかナウくないのは認めるが、
電話とかそういうのはゼンゼンかけられるし、メールもゼンゼンイイ。
と思ったら、
ケータイのメールって、もう使わないスよね、みたいなことを
言われてしまった。
フ。
このアタシは使うんだよ。
さて、話変わって目下の筆者の最お困り事項であるが、
この正月に20年来お世話になった植木屋氏が他界されたのに
ともなって、実家の庭事情が窮地に陥っているという
問題がある。
庭いじりが好きでもなく、金持ちでもない場合の庭は
お荷物以外の何でもない。
筆者の両親が健在の頃は、夫婦で毎週末庭の手入れをしていたし、
父が死んでからも母が小まめに手入れをしていたので
庭が荷物になりうることを筆者は長らく知らなかった。
母が高齢になり、体を悪くしてからは、
親戚に紹介された植木屋氏に来てもらうようになったが、
なかなかの日当を取られるので、もうガマンならないところまで
草ボーボーにしてから来てもらっていた。
その「なかなかの日当」とは、範囲によって
25000円から30000円である。
おそらく相場から言って高くはないが、安くもないから
庭を完璧な状態に保てる間隔では頼めない。
しかし非常に仕事が丁寧で、隅から隅まで枯草一本落ちていない
すばらしい庭にしてくれる上、おだやかな人柄がすばらしいから、
納得して2か月から3か月に一度来てもらっていた。
その彼が昨年の盆明けに来てくれたのを最後に
病床につき、ついには亡き人になってしまった。
彼個人を惜しむ気持ちと専属お手頃植木職人を失った悲しみに
打ちのめされた筆者である。
しかも、その悲しみは薄れるのではなく、日一日と自然回帰の力を
増し続ける庭の惨状とともに実質上の悩みとなって強まるばかりであった。
冬はまだマシだから自分でやっつけたが、
ハシゴに乗って枝を切る作業中には何度か死に直面したものである。
そして春が到来し、春の長雨ともなれば、草は見ていれば分かるのではないか
と思うほどの勢いを持って毎日高く、密度濃く庭を埋め尽くしてゆくのである。
もちろん春になるや否や筆者は市のシルバー人材センターに
助けを求めたが、高齢者を酷使しないことが最重要事項であるらしく、
「夏に向けて今休んでおきたい職人が多いからすぐはムリ。」
とかで、最短で2か月後、見積もりすら1か月半後、とか言われてしまった。
そんなに待っていた日にはウチの庭は、いやウチの家は、
密林の遺跡みたいになってしまう。
コイツはいけない。
そこで、筆者は何でも屋に電話した。
前になんかで電話した何でも屋はカンジ悪く、インチキ臭く、
非常に悪印象を持たされたために、筆者は何でも屋に電話するのは
本当はイヤであったが、背に腹は代えられぬ。
しかし、今回の何でも屋は物腰柔らかく、言葉遣いにも知性が感じられ、
説明もテキパキと要領よく、プロフェッショナルなにおいがしたため、
とにかくこの度は頼む気持ちになった。
シルバー人材センターよりは早いものの、こちらも多忙を極めているらしく、
実際の作業までに1ヶ月待てとのことであったが、仕方ない。
とにかく見積もりに来てもらったところ、驚愕の料金を提示されてしまった。
2人×1日=54000円
である。
え、なんてなんて?ごまん・・・?
あそうね、2人だとそうなるかもですね。でもウチは1人で十分じゃん。
だから、あ??なんて?今なんて??
あ、ウチが。ウチが、2人必要な面積。あーそうですか、ウチが。
えーと、だから??
あ、ごまんよんせんえん。あ、そうですかウチがね。
ウチがごまんよんせんえん。
前の人は一人でやってましたけど、あ、ムリ?あそう。
それで、結局いくら?
理解はすぐできたが飲み込むのに非常に時間がかかった。
つまるところ54000円だという話だ。
そんなのイヤだが、他に筆者にはどうしようもない。
植物が最もその勢いを増す季節をまたいで半年近く手入れを
せずにおいた庭は、「じゃあ自分でします。」の域をとうに
超えていた。
仕方ないから頼む。
3週間後の朝9時に作業開始との約束をして何でも屋は帰る。
筆者がそこに住んでいないことを知ると、
開始時に立ち会ってくれなくても勝手に始めておきます、との
申し出はありがたい。やはり対応は信頼できる感じである。
そして数週間後、約束の日の9時に来た。
開始にあたって
「今から始めます。終わるメドがついたらまた電話します。」
と電話をくれた。プロフェッショナルである。
筆者は午前中納期の急ぎ仕事から手を放せなかったが、
お昼前には一度顔を出そうと心づもりしていた。
前の植木屋氏はいつも8時に作業を開始し、5時前に終えていた。
それでいけば昼前はちょうど作業半ばの頃だ。
2人で作業しているとはいえ、相手は本職の植木屋ではない。
あのすばらしかった植木屋と比べてさほどすばやく作業ができる
ものでもあるまい。
原稿納品後、お昼前に顔を出すべく化粧をし始めた11時すぎ。
筆者のガラケーが鳴った。
見れば何でも屋である。
(何か問題でもあったかな)
漠然とそう思いつつ電話に出ると、
「そろそろ終わります。」
的な感じのことを言っているのが受話器から耳に入って来た。
そんなバカなことがあるものか。まだ初めて2時間チョイだ。
筆者が頼んだ範囲を勘違いしているのに違いない。
慌てて化粧を終え、実家に急いだ。
「ココとココもやって下さい、言いましたやん。」
を食らわすのが予定であった。
しかるに、着いて見たら全ての範囲が魔法のように
完全無欠にキレイになっていた。
なにがどうなっているのだ。
なんなのだ、この人ら。
驚き、感心、半信半疑、感動。
そのようなものが次々と筆者の心中に湧き上がり、
最後に来たのはコレだ:
「コレでごまんよんせんえん?!?!」
ここで説明しなければならないが、
この人たちは作業所要時間で料金を決めたのではない。
範囲と伐採対象の植物の種類、そして伐採植物の総量から
金額を決めたのである。
だから、2時間かかろうが6時間かかろうが料金は不変である。
ということは、2人で2時間半かかったものを、1人で5時間かかったとするならば、
作業規模は変わらず、人数だけ半分なのであるから27000円、
あるいは伐採植物の処理費を含めて高く見積もっても
30000円であったはずである。
頼んでもいないのに2人でやってきて2時間半で作業を終えてくれなくても
ゼンゼン良かったのだ。
「・・・・・・・・・・・ハヤイですねー。えー、すごいなー。へー。」
などと何やらもうボンヤリする頭で言いながら6万円を出し、
6000円を受け取る筆者。
領収書とともに 「またお願いします。」 とニッコリする何でも屋。
ハッ!!
「またお願いします。」
だと!?筆者はたちまちボンヤリから立ち返り、
(ソレは、ナイ。)
という思いのたけを
「ハーイ、またよろしく~。」
という言葉に込めるのであった。
帰る道々考えた。
自分は何でも屋にものを頼める身分ではない。
雇ってこそもらう立場である。
どんなに割のいい原稿でも時給5000円がいいトコの翻訳業を営む自分だ。
しかもそんなのが何時間も続いたり毎日コンスタントに続くわけではない。
まだ見ぬ時給1万円の世界。
そこでワタシは何を見つけるだろう。
そんなことを考えながらアパートに戻ったら、なんかイヤになったので
その日はもう仕事をするのをやめた。
夕方になって散歩のついでにキレイになった庭を見たら、
やっぱり気持ち良かったが、
いくらなんでもボリすぎだ。
仕事はインチキではないが、料金体系は高齢化社会のウマイ汁を
吸おうとしすぎである。
その日から筆者の脳裏には
「本気で草刈り屋になっちゃおうかな~。」
という意識がのさばることになってしまった。
結局絶対しないんだからこんな意識はムダである。
誰か何とかしてくれまいか。