8月6日に | zuzu's room ズーズーズルーム

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 夕べ、スピルバーグの「宇宙戦争」を観た。圧倒的兵力によって地球を侵略しようとする謎の敵に対して、軍隊が非力だがけなげな防戦をする。3日程前に観た「エイリアン2」でもそうだった。圧倒的に強く、数の多いエイリアンから身を守るために、未来の海兵隊がやはり非力でけなげな防戦をする。この二本はなんとなく好きでよく観る。しかし夕べはいつもと違う感想を持った。

 軍隊とはこういういことのためにあるべきではないだろうか。もちろん宇宙人や宇宙生物の脅威を現実に考える必要があると言っているのではない。兵力というものは、人類を守るために、散発するテロ行為や暴動を鎮圧することだけを目的として、多国籍軍が世界に一つあればよいはずだ。国同士が威嚇し合い、殺し合うために核兵器や秘密兵器を隠し持ったり、あるテロ集団を殲滅するために国中を戦場にし、住民を殺害し、学校や病院を破壊する兵力などあってはならないのだ。

 私はいつも考えていることがある。土地や資源のために殺し合いをする動物は人間だけだ。人間は全ての動物の霊長でありながら、全ての動物の中で最も愚かなのだ。生きて、食べて、子作りをして、死ぬ。動物はこれだけだ。これ以外にもっともっと何かを求めて、そのせいで不幸せになる動物は、人間だけだ。人間は自分では制御できないほどに発達した知能を持ってしまった。この知能をどう使ったらよいのか、まだわかっていないのだ。徳を欠く愚かな者が高すぎる知能を持つとき、それは必ず悪い方へ向いてしまう。

 今日は広島原爆投下の日だ。高すぎる知能と強欲と思い上がりが最悪の形に結実した日だ。原爆死没者慰霊碑に刻まれた「過ちは繰り返しませぬから」という碑文は、守られているだろうか?日本だけに限れば、日本人は兵力を放棄し、戦争しないことを誓い、とりあえずはまだ同じ過ちは繰り返していないかもしれない。だが、世界はまだ何も、何も変わっていない。

 何年か前、私は夢を見た。朝から普段と何も変わらない秋の日だ。平和なつまらない日だ。だが、どこかの国が日本に宣戦布告し、明日開戦となることが知らされる。私は外へ出る。家の前を流れる小川をながめ、谷間に色づくモミジの林を見、モズやスズメの鳴き声を聞く。その全てが今確かに安らかな日常でしかないのに、明日、ここは戦場になるのだ。そう誰かが決めたのだ。この谷や林が焦土と化し、小川に人間や小動物の死体が流れるのだ。私は何も知らないこののどかな風景に対して詫びた。人間としてそうするしかなかった。

 この夢は、目が覚めてもいつもの夢のように霧散してはくれなかった。完全にありうることだからだ。私やこの土地に起こらなくてもどこかで起こっていることなのだ。あの夢のことは忘れられない。あれは夢ではあったが、あの悲しさは確かに経験してしまったのだ。戦争してはならない理屈はいくらでもある。だが、あの夢で私が感じたのは理屈でも言葉でもなく、悲しさだった。戦争はいけないからいけないのだ。

 人間は知能を持て余し、悪行を働くが、動物にまさる心も持っている。世界中の国が戦争の悲しさを心で考えてくれることを私は願う。



(英語版は8月9日をご覧下さい)