東京マラソン 2015 後半(応援に感謝) | 我が青春 まっただなか

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60代の親父が今も青春を続ける奮闘記

前半を通常ハーフの大会を走る速さで駆け抜けてしまった私ですが、これまでに流した大量の汗の為か銀座に入ってから体がスタミナ切れになります。

体が重くなりスタート地点で出た足の痙攣が再び

スレッチを繰り返しながら、前を目指します。

また、空腹感も出てきます。

3年前は、銀座を過ぎた辺りからの給食では、バナナの他に写真のチョコレートパンがありました。

ところが、今年はバナナと固形のブドウ糖のみ


あれっと、思いましたがお腹が空いていますので、バナナを2かけら口に入れます。


後は、とにかくストレッチを繰り返し浅草を目指します。


25km過ぎると、人もバラケ初めて周囲に仮装の方が居ることに気づきます。

このお相撲さんは女性でした。

浅草橋を過ぎた辺りで、腰からお尻にかけても、軽い痙攣が出始めます。


MASAHIのNIやジェルで不足したアミノサンを補給しますが、胃が食べ物を欲しがります。


そんな時に、大変助けられたのが、沿道からの差し入れ


お汁粉、チョコレート、飴といったものが、100mも走ると次の差し入れが有るほどでした。


3年前は、沿道からの差し入れは遠慮もあり頂きませんでしたが、今回はこちらから手を伸ばしに行ってしまいました。(ホント有難かったです。


マラソンポリスも目の前に居ましたので、安心して差し入れを頂きました。


そして、折り返し地点の雷門

ここでは、高校時代の友人が応援に駆け付けてくれていました。


大きな声で、私を呼ぶ声でビックリ


この応援で元気が戻ります。(^^)


スカイツリーは、上段の天望回廊は雲で見えませんでしたが、やはりこれを見ないと、ここまで来た甲斐が無くなってしまいます。
(3年前はしっかり見れたのですが)


30km手前で再び、脹脛が痙攣


ストレッチしていると、沿道から「エアーサロンパス」使いますかの声
前回は、エアーサロンポスを持って走る事ができましたが、今年は規制で持参出来ないので、大変有難かったです。

30km地点に、アニマル浜口さんが

気合いだ!  完走だ!
の連呼

私も、ここで気合いを注入して頂きました。 


このあと、給食でようやくアンパンが、これは美味しかったです。


そして迎えた35km関門を15分前に通過
(3年前は12分前に通過しています。)


佃大橋の坂はやはり、厳しいですね。
ここは、流石に歩いてしまいました。

この橋を上ると再び、脹脛がピクピク
ストレッチしていると、”使いますか”ってエアーサロンパスが沿道から差し出されます。


本当に有難かったです。<m(__)m>


上り切ると、ロッキーのテーマが、この音楽は気持ちを上向きにしてくれます。
ランナーからもありがとうの声が 

佃大橋を超え、豊洲の38km関門に着く頃には、3年前のタイムより下回る事になっていました。

(3年前より28秒オーバー)


3年前は、ここからゴールまで半分位歩きましたが、今年は歩かずに走りました。


38kmを過ぎたところに、豊洲にはアイアンマンがお出迎え


この頃になると周囲は、歩いている人が多く、避けながら走るのにチョット苦労しました。


1km手前まで来ると今までの、後半の苦労が思い返されます。

そして、いよいよ FINISH 6:28:12<ネットタイム 6:02:52>

ちなみに3年前は[ネットタイム 6:15:59]でしたので、前半の頑張り貯金分で12分短縮出来また事になります。


今回のマラソンでは、一般の応援の方に助けられた大会であったと思います。


もし、このような応援がなければゴール出来なかったかもしれません。


今年の開催日は、亡き母の誕生日でもあり、フルマラソンを走れる体を貰った母に改めて感謝すると共に、家族友人沿道応援の方ボランティア・スタッフのみなさんに感謝せずには要られない気持ちになる大会でした。


40代最後にいい記念イベントとなりました。


本当にありがとうございました。 (^^)