直木賞受賞作品を映画化した時代劇をAmazonプライムビデオで観ました。
監督・脚本は源孝志。予告編はコチラ。
江戸時代。雪が降る夜、江戸の芝居⼩屋"森田座"は「仮名手本忠臣蔵」の千穐楽で大入り。舞台が終わって、観客が帰途につく森田座の外で事件は起こります。父の仇討ちを果たそうとする男(長尾謙杜)が現れて、衆人環視の中でチンピラ(北村一輝)の首を獲ります。この"木挽町のあだ討ち"は話題となって、巷で美談として語り継がれます。それから1年半が経った頃、仇討ちを果たした菊之助の縁者を名乗る浪人(柄本佑)が森田座を訪れます。浪人は美濃遠山藩士だった総一郎。江戸でしばらく過ごしていた菊之助をよく知る木戸芸者の一八(瀬戸康史)に出会うと、仇討ちの顛末をしつこく尋ねます。菊之助が森田座で働くことになった経緯を話した一八は、森田座の女形役者ほたる(高橋和也)、殺陣師の与三郎(滝藤賢一)、人形作者の久蔵(正名僕蔵)を総一郎に紹介。総一郎は彼らがなぜ菊之助の手助けをすることになったのかを教わります。
その後も江戸に居座って事件の詳細を調べ続ける総一郎を警戒する森田座の関係者たち。総一郎も事件の概要を少しずつ知っていくうちに、腑に落ちない思いを抱きます。やがて、芝居小屋を仕切る戯作者金治(渡辺謙)が出張先から帰京。すると、関係者が一堂に会した場で、金治が知っている事実を総一郎に語り始めます。金治はかつて武士であったこと、若かりし頃に菊之助の両親となる清左衛門(山口馬来也)、たえ(沢口靖子)の2人とは付き合いがあったこと、そして、菊之助が仇討ちのために上京することを事前に知っていたこと等々。菊之助が江戸に来てから仇討ちの夜までの状況が明確になると、これまで聞く一方だった総一郎自身も、聞き込みを続ける本当の理由を金治たちに明かします。"木挽町のあだ討ち"と呼ばれた事件の真相とは・・・というのが大まかなあらすじ。
劇場公開は2026年2月27日。永井紗耶子の同名時代小説の映画化。筋立てがとても面白いお話でした。本来は相容れないはずなのに、武家社会に生きる者と(劇中のセリフにある)世間に身の置き場をなくしてしまった人間たちが縁あって一つになる展開、山本周五郎的な市井の人情の機微、長谷川伸的なやるせなさ、デイモン・ラニアン的なろくでなし連中の小粋さをブレンドしたような世界観は大好物です。ただ、人情噺や推理劇という側面で見ると、前半の"溜め"が少なくて、それぞれの登場人物の根底にある悲哀や、謎が深まっていく要素がすごく薄いのではと思ってしまいました。サムライがあだ討ちを果たしたい理由に比べて、芝居小屋の人たちがその願いを叶えたいという心意気の部分が弱い印象。(未読の)原作小説では語り口がもっと素晴らしいんだと思われ、面白いあらすじを小綺麗な映画のルックでサクサク説明する動画になっているという点では、今っぽい処理の仕方をしているのかもしれません。
俳優陣では、瀬戸康史の口達者な感じや、長尾謙杜の世間知らずな若侍のイノセントな艶っぽさ、高橋和也のやさぐれた女形っぷりが素晴らしかったです。女形役者と女装男子を演じるのがジャニーズ系というのは配役の妙。北村一輝の江戸に来る前の時期での芝居はアレレと思いましたが、江戸のチンピラ風情になり切る芝居と死に顔のハマリ具合は絶妙。柄本佑の浮ついた喋り方は芯を食っているように思えず、渡辺謙はとても渡辺謙風な芝居で、滝藤賢一すらも仰々しさが目立ちました。映画全体を大仰な芝居がかった雰囲気にしようとしている演出意図があるのかも。小道具を間違える黒子のおっちょこちょいっぷりが出る小芝居とか、随所にある細かいユーモア描写は少し大味。『忠臣蔵』でいえば瑤泉院にあたる役に沢口靖子を起用していたり、「侍タイムスリッパー」に目配せした遊び心とかもイイ感じで、総じて万人が楽しめるエンタメ作品に仕上がっていると思いました。



