「醜聞」(1950)

 

スキャンダルを捏造するゴシップ誌との戦いを描いた話をU-NEXTでひさびさに観ました。

 

 

監督・脚本は黒澤明。予告編はありません。

 

新進気鋭の画家青江一郎(三船敏郎)がオートバイで遠出して伊豆の山を写生していたところに、どこからか鼻歌が聞こえてきます。雄大な大自然で奏でられた美しい声の主は、人気歌手の西條美也子(山口淑子)。バス故障で山をさまよい歩いていたという彼女を見かねて、青江はオートバイで近くの宿まで送ってあげることに。二人が別々の部屋にチェックインした後、写真嫌いの西條を取材しようと追っかけていた二人のカメラマンがアポなしで訪問。取材を断られて悔しがったカメラマンたちが外をうろついている時に、風呂上りの西條の部屋に青江が挨拶に来てるのを見て、シャッターチャンスとばかりに仲睦まじそうに話す青江と西條のツーショットを撮影。これを月刊ゴシップ誌『アムール』編集部に持ち帰ると、大喜びした編集長の堀(小沢栄太郎。当時は小沢栄)は写真を特ダネ記事として掲載。「恋はオートバイに乗って!」という見出しで大々的に宣伝すると、12月号は増刷がかかるほどの売れ行きを記録。

 

青江は突然のスキャンダル騒ぎに激怒して、アムール社に乗り込んで堀編集長を殴ってしまいます。その顛末も公けになると、雑誌の売上はさらに上昇。我慢ならない青江は裁判で記事のデタラメを訴えることを決意。しばらくして、青江の家を蛭田(志村喬)名乗る男がアポなしで訪問。自分が弁護を引き受けると押し売りに来ました。うだつの上がらない風体の蛭田の素性を調べるために、青江が彼の自宅をアポなしで訪問すると、結核で5年間寝込んでいるという蛭田の一人娘の正子(桂木洋子)に会います。こんなにもピュアな美少女の父親なら、貧しくてもいい弁護士に違いないと確信した青江は蛭田を弁護人に指名。しかし、蛭田は堀編集長にそそのかされて、競輪で使い込んだ借金の肩代わりをしてもらう関係に陥ります。弁護を降りるために青江宅を訪ねると、訴訟に及び腰だった西條が共に戦うことを報告に来ていました引っ込みがつかなくなった蛭田は、青江・西條連名の裁判を引き受けざるを得なくなってしまって・・・というのが大まかなあらすじ。

 

劇場公開は1950年4月26日。タイトルは"スキャンダル"と読みます。出稼ぎ期間中の黒澤明が松竹で初めて監督した1本。純情まっしぐらの青江演じる三船敏郎と良心の呵責に悩む蛭田演じる志村喬を両軸にして、無節操なマスコミの暴力によって見えてくる人間の善意をめぐる悲喜こもごもを描いています。伊豆の山頂で有名人の男女が偶然出会うという設定が強引すぎ。共同脚本はエンタメ寄りの菊島隆三だけなので、ケレン味ある設定でダイナミックに話を展開していくテンポの良さがあり、ユーモアを交えた前半はフランク・キャプラの人情喜劇に近い面白さがあります。ヒロインの西條役は山口淑子やたらカッコイイ三船敏郎目鼻立ちのハッキリした彼女との組み合わせは、日本人離れした美男美女カップル青江の人柄に惚れている庶民的な千石規子との対比も良く、病弱の少女役の桂木洋子の可憐さもインパクト大。蛭田の妻役の北林谷栄の若々しさにもビックリ。

 

オトナの志村喬と青二才の三船敏郎といった師弟関係が多い名コンビですが、本作では、ブレない意志を持つ三船に対して、志村の方が揺れ動く凡人を演じているのが面白く、ギャンブル好きの性分につけこまれて懐柔されてしまう情けないダメ弁護士を好演しています。真実をありのままに伝えるのがモットーだとのうのうと取材に答える厚かましい編集長演じる小沢栄太郎もハマリ役。出演したことのある巨匠の数が日本映画史上最も多い俳優さんはこの人なんじゃないでしょうか。あと、脇を固める男優陣も個性的な面々。カメラマンの三井弘次。青江の友人の殿山泰司千秋実と神田隆珍しく長セリフをしゃべる酔っ払いの左卜全で会った高堂國典と上田吉二郎などなど。極端すぎる人物造形やカメラアングル、簡潔な語り口、中盤以降に現れる安いヒューマニズムなど、随所に黒澤映画らしさを感じる映画でございました。