「マイ・ディア・ミスター ~私のおじさん~」(2018)

 

今さらながら、大評判だった韓国ドラマをようやく観ました。

 

 

監督はキム・ウォンソク。全16エピソードで各話80分くらい。予告編はコチラ

 

大手建設会社サムアンE&Cの修繕チーム部門の部長パク・ドンフン(イ・ソンギュン)が主人公。45才。実直でもの静か。争いを好まず、自分の意見は押し殺して平穏第一の性格。大学の後輩が社長に抜擢されて、エース部門の設計部門から左遷されたのは、社長に嫌われてるからだと噂されています。彼を嫌う部下はおらず、それなりに人望を集めています。一流企業の部長さんだし、弁護士をしている美人妻ユニがいるし、小学生くらいの息子はアメリカに留学しているし、傍目から見れば、順風満帆な人生を送っている勝ち組のイケオジですが、変わり映えしない日常を漫然と過ごす様子は死人のようでもあります。


もう1人の主役は、イ・ジアン(イ・ジウンこと、IU)。パク部長が勤務するサムアンE&Cに派遣社員として採用されたばかりの女性。21才の美人なんだけど、いつもほぼノーメイクで、終始不愛想。借金苦で親が行方不明のまま、祖母と暮らしていた幼少時代から、不幸な境遇でずっと生きてきたジアン。小さい頃に正当防衛で借金取りの男を殺めてしまった過去あり。その事件以降も借金取りの息子(チャン・ギヨン)から追い立てられながらも、雑草のようにサバイブしています。会社の勢力争いを嗅ぎつけたジアンは、幼少時から培った犯罪能力をアピールして社長の権力闘争を手伝うことになります。

 

物語はこの二人を軸に進んでいきます。そこに絡んでくるのは、まずは、パク部長の会社の人たち。パク部長の後輩にあたる就任1年目のト社長。小柄のジョン・ローンみたいな顔立ちのイケメンです。大学時代に同じサークルにいたパク部長の妻ユニと不倫中。社長再任に向けて、ライバル陣営の専務派と水面下で足の引っ張り合いを展開中。物語序盤では不倫に気づいていなかったパク部長が後半どうなっていくのかが物語の興味を惹くポイントの一つ。パク部長は専務派が担いだ常務候補にもなるため、職場でも対立関係も激しくなっていきます。社長派専務派の社畜たち、創業者の会長などのキャスティングはいかにもな顔ぶれ。パク部長の部下たちキャラの存在感はおとなしめ

 

ドラマの人間模様に厚みを持たせているのは、パク部長の兄弟と幼馴染たち。次男のパク部長とは真逆の性格の長男サンフン(パク・ホサン)三男ギフン(ソン・セビョク)。脱サラに失敗して嫁にも愛想を尽かされて別居中のサンフンと、映画監督の夢を追い続けてフリーター状態がずっと続いているギフンは、母の家に居候の身。いつも口ゲンカが絶えない三兄弟なのに、毎夜酒を飲み交わす腐れ縁の間柄。幼馴染数名も交じって、同じく幼馴染のジョンヒの店で酔っぱらうのが彼らの日課。パク部長が生まれ育ったエリア自体がドラマの主役になってる感じで、そこに暮らすダメ人間を見つめる視線が優しく、バカなことばかりやっているダメダメなおっさんたちが次第に愛おしくなっていきます。

 

ジアンはパク部長の携帯に盗聴アプリを仕込んでいて、彼の日常を音声でずっと監視しているという設定が本作の大きな特徴。一言も二言も多いタイプの長男・三男と違って、口数が少ない次男のパク部長がときおり漏らすホンネやため息を全部録音して聞いてるジアンが、一番のパク部長の理解者になっていく展開がユニーク。最初は金欲しさにパク部長を陥れる側で暗躍していたジアンが、パク部長と彼の周囲にいる人物たちの優しさに触れていくうちに、全人類が敵だと思っていた氷のような感情が溶かれていく過程を、ほど良くドラマチックに描いてます。一方のパク部長(おじさん)もジアンと出会ったことによって、失いかけていた人間らしさを取り戻していきます。

 

予備知識が全くなかったので、年が離れた男女の淡い恋物語メインなのかと勝手に思っていたのですが、描かれていたのは、もはや希薄になってしまっている人の温もりのお話でした。上手くいっていない人生を抱える人たちが不思議な縁で繋がって支え合っていく姿を、笑いあり、涙ありで紡いでいます。ドラマのモチーフに使われやすい会社の出世争いや不倫騒動を人情物語に上手く絡めている脚本が見事。優しく染み入る音楽も絶妙。男性陣はビジネスで成功している人もそうじゃない人も全員それぞれにバカで、心にしこりを持っている女性陣の方がしっかりしているのが面白いです。パク三兄弟に愛を注ぐ年老いた母(コ・ドゥシム)、ジアンの耳の不自由な祖母(ソン・スク)、サンフンの妻エリョン(チョン・ヨンジュ)は少ない出番ながらの存在感、ドラマ上では損な役どころの不倫妻ユニ(イ・ジア)、三男ギフンの監督時代にいびられて自信を無くしている女優ユラ(クォン・ナラ)の際立ったキャラ、20代の頃に別れた恋人を想い続けるジョンヒ(オ・ナラ)の悲喜こもごも、どれも良いです。

 

ソウル市内でも下町人情が残っている後渓洞(フゲドン)という地区が舞台。実際には存在しない架空のエリアなのに、どこかに存在していてほしい温もりを感じます。ドラマ内によく出てくる場面は職場(仕事モード)居酒屋(オフモード)、それら2つを繋ぐ地下鉄の通勤シーン。そして、駅や居酒屋からの帰り道トボトボ歩くだけのシーンがこれほどドラマチックにたびたび出てくるドラマはないかも。葬式のワードも序盤からちょくちょく出てきて、終盤の展開に活きてきます。あと、北野武、是枝裕和、ジョン・ウー監督の香港映画、「ノッティングヒルの恋人」などの映画ネタもところどころに散りばめられていました。個人的にグット来たシーンは、第9話でのパク部長と借金取りとのケンカ、第11話でのジョンヒの一人暮らしの部屋での独り言、第16話でのジアンが祖母に語りかけるシーンでしょうか。希望が持てるエンディングも素敵でした。