三島由紀夫の『鏡子の家』の中で、作者は「戦後」という「空白」の時代の壁画を試みようとしたのであり、何を映そうがそれ自体は恒に「空白」にとどまる、という娼婦的な性格が「鏡」というものの本性だ。と江藤淳は言っている。

そして、主人公の一人、清一郎は鏡子にシニカルなことを言う。

「君も本音を吐けば、やっぱり崩壊と破滅が大好きで、そういうものの味方なんだ。あの一面の焼野原の広大なすがすがしい光りをいつまでもおぼえていて、過去の記憶に照らして現在の街を眺めている。きっとそうだ。……君は今すっかり修復された冷いコンクリートの道を歩きながら、脚の下に焼けただれた燠の火照りを感じなくては、どことなく物足らず、新築のモダンな硝子張りのビルの中にも、焼跡に生えていたたんぽぽの花を透視しなくては、淋しいにちがいない。でも君の好きなのはもう過去のものとなった破滅で、君には、その破滅を破滅のままに、手塩にかけて育て、洗い上げ、完成したという誇りがある筈だ。君の中には、……灰の中から立ち上ったり、悪徳から立直ったり、建設を謳歌したり、改良したり、より一そう立派なものになろうと思ったり、やたらむしょうに復興したり、人生を第一歩からやり直そうと思ったり、……そういう一連の行為に対する、どうにもならない趣味的な嫌悪がある筈だからね。君は現在に生きることなんかできやしないよ」


この小説は1960年頃に執筆されたもので、戦後の日本の政治に対する三島由紀夫の比喩的小説と思われる。しかし私は戦争を知らない。敗戦直後の人々の生きざまなど何も解っていない。戦争というものが、この国とこの国の人々にどのような影響を及ぼしてきたか、漠然とした印象しか持っていない。だから三島由紀夫が一般大衆に向けて伝えたかったことを読み取ることはできなかった。

ただ、人というものは、いつの時代も各々が自らの思考で世相を学び取り認識し、何らかの影響を受け、個人を確立していくのだが、そこには常に大なり小なりの柵(しがらみ)がはだかり、それらに翻弄されながら生きている。そして欲望をはじめとする感情という厄介なものも交錯する。そうした上に政治国家というものは、成り立っているのだ。

いや、アナーキズムを称えたいわけでも何でもない。そんな難しいことは私にはわからない。

小説の結末は「壁をぶち割ろう」とした者、「壁を鏡に変えてしまうだろう」と言った者は滅亡し、「とにかくその壁を描こう」とした者と、清一郎のように「俺はその壁になる」という者が生き残った。


私には執着心というものが欠けている。端的にいうなら、空白の時間を刹那的に生きている。私がいう空白は、三島由紀夫がいうところのそれではないのだが、おおまかに括れば同じ意味を持つかもしれない。

その時その事柄に夢中になったとしても、それはその時だけの感情でしかなく、永遠に続くことはない。だから殊に辛苦的な出来事は、私にとって無いに等しく、どんな苦渋を味わおうとも、その時それを乗り越えればそれで済んでしまう。

感動や関心も無いといってしまえばそれまでであり、それが人情の欠如だと言われれば、言い訳のしようもない。嘗ての私はそうした周囲の非難の言葉をストレートに受け取り、どうにかなるはずもない欠落した部分の修復に頭を悩ませた。

清一郎のいうところの「崩壊と破滅が大好きで、過去の記憶に照らして現在の街を眺めている」鏡子にもまた何処か欠落したものを感じる。だから「君は現在に生きることなんかできやしないよ」と清一郎は言ったのだろう。しかし、欠落している人間だからこそが、持ち合わせている信念があると私は思う。

清一郎が言わんとすることは、革命を起こそうとか新しい国を作ろうとか大それたことでなく、普通のことをやればいいじゃないか、ということではなかろうか。個人レベルでも同じことだ。ただ、普通という感覚が個人によって様々であることが前提の話ではあるが。

因って、私のように刹那的思考の持ち主であっても、その時、鏡に映し出されるものと社会的風潮のタイミングがうまく交誼を結べば、内に秘めたものが過去のものであろうが、現在のものであろうが関係ないということであり、それを批判することは何が正しくて何が間違えているのかを質すことが滑稽であることに等しい。

虚無主義を推奨するつもりは全くない。「虚無」が老子の説く有無相対を超越した絶対の境地であるとすれば、民主主義であるはずの世の中で自分らしく生きていくことは誰にでもできると思うのである。

貴方の瞳が優しくて 映る私も 優しくなれる

長い階段を駆け登る

軽いステップのハイヒール

地下鉄のガラス窓に映る私

ショートが好きと言った

あなたを思い出して一人照れ笑い

そよ風が吹く季節みたいに

フリルの裾が揺れた

星空を見上げれば

いつもの街並みが

今日はあの頃みたいな匂いがする

急がなくちゃ

あなたが待つ場所へ

もうすぐ逢える

あなたに