【スーパーヒーロー】 13. 飛び去る影 | 日々コギ精進(仮)

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レオ…
ティーダ…
いつまでも君達を愛していますよ…

《飛び去る影》


レオとの幸せな時間が長く長く続けばいいと、そう思い始めた矢先。突然に耳を塞ぎたくなるくらいのけたたましい叫び声が聞こえた。敵を威嚇する時の猫の鳴き声のような叫び声。それがマンション3階のベランダの無い部屋の隅の何もいない空間から聞こえてきた。その異常な事態が私に分からせた。叫び声が猫によるものではなく、猫のそれを模しているだけで、あの白装束の老婆の姿形をした”得体の知れない何か”の発したものだということを。


その叫び声を聞くや否や、布団の中にいた彼が素早く布団の中からサッと飛び出した。私はそれを追おうと考えて起き上がろうとした。ようやくその時に金縛りが解けているのが分かった。そして私は「よし!」と少しの気合いを入れて、隣のリビングに這うように逃げ出した。


そしてここからが実に私らしい。隣のリビングにあったポラロイドカメラで先ほどまでに寝ていた部屋を撮影し始めたのだ。この時は恐怖は無くなっていて、単なる好奇心だけが私の心の中を占めていた。

「虎の威を借る狐」

諺や格言は事実が積み重なって出来たもので大概は正解なのだ。その歴史の例に漏れず、この時の私は彼のもたらす絶対的な安心感で感覚や思考が麻痺してしまい、好奇心旺盛な本来の自分が顔を出してしまっていた。もう少し私が謙虚であれば撮影は止めていたと思う。


だが感情と思考が麻痺していた私はイケイケだった。ポラロイドを構えてシャッターを押す。だが押せない。押しても押しても押しても反応しない。

「絶対に何かいる!絶対に撮ってやる!」

更にシャッターを7回8回9回と押し続けた。その後も何度かシャッターを押し続けた時に不意にバシャッとフラッシュが焚かれて、やっと撮影が出来た。「やった!」と思い、ポラロイドカメラからバシュッと飛び出してきたフィルムを強く早く振った。だが、そのフィルムには時間がいくら経っても何の姿も浮かんでこなかった。フィルムの撮影面は黒い四角のままだった。しばらくするとそれが何も写らなかったのではなく、漆黒の闇が写っていると感じた。目にしてはいけなかったものが写っていると、無性にそう思えてきた。


そこでようやく私は撮影を止めた。レオの姿が隣に見えていれば、まだまだ強気に撮影を続けていたかもしれない。ポラロイドフィルムに写った漆黒の四角い闇を見た瞬間に我に返った。そして布団から飛び出た彼の姿が何処にも見えないと気づき、また不安でいっぱいになってしまった。するとその不安をキッカケにしたかのように強烈な悪寒がまた私の背中を襲った。この時、私はまた老婆のいた部屋に戻ってしまっていた。撮影に熱中するあまりに問題の部屋にまた入ってしまったのだ。折角彼に助けて貰ったというのに


幼少時に保育園でよく観せて貰った幻灯機での映像。少し世代が新しければOHPが分かりやすいだろうか。あの映像のように縁がボヤけている感じ。そんなおぼろげな縁を持つ謎の重苦しい空間が部屋の隅に開いていた。その先にはこちらとは別の世界があった。鮮やかなオレンジと濃い灰色の雲の割合が多い空があった。一見すると過去に見たことのある夕焼け空に似ていた。だが重々しさがまるで違った。そこに歩を進められない怖さ、禍々しさがそこにあった。


私はその空間を見た時には何も感じずに何も思えなくなってしまっていた。見惚れていたのではない。魂が奪われてしまっていた。その方がしっくりくる、そんな状況だった。


「ワン!ワン!ワン!」


何も彼の姿は見えないが、彼の威嚇する鳴き声が3回聞こえた。「ダメ!」と必死に叫ぶようなそれを聞いた瞬間に私は我に返った。と同時に私の背後から何か影が飛び立つのを感じた。その影がさっきまで私を苦しめていた白装束の老婆の本当の姿だと本能的に分かった。翼を広げたカラスのようではあるが、コウモリのようにも見える、そんな影だった。そしてそれは部屋の隅にある禍々しい空間に向かっていた。


その直後。それを追いかけるように私の左側側から彼が飛び立った。姿はハッキリとは見えなかった。輪郭や全体像がぼやけていた。でもそれが彼であることだけは私には分かった。彼は強く勇ましく猛々しく影を追って駆けていった。彼の身体が大きく伸びるのをスローモーションのように見て感じていた。その姿をとてもカッコイイと思った。


謎の影がこちらとあちらの境界線を越えてあちら側に入ったのかもしれない。そう感じた直後から謎の空間の縁が急に狭まっているのに気づいた。そしてそのあと間も無く、空間がそのものが音もなくスーッと静かに消えてしまった。あっという間だった。例の影は空間と共に消えたので彼方の世界に逃げ込んだのだと思う。もう此方に来ることは無いのだと思う。


謎の影を追いかけていた彼の姿はいつの間にか見えなくなっていた。多分あちらの空間にまでは行っていないとは思う。


最後、彼に声をかけることは出来なかった。

彼の名前をもう一度呼ぶことが出来なかった。

彼は振り返ることなく駆けていってしまった。

そしていつの間にか消えてしまった。


つづく


※私を見つめるレオ

 よく「オオカミさん」と道行く小さなお子様に言われたなぁ

 日本犬に詳しい方には「甲斐犬?」ともよく言われたなぁ