【スーパーヒーロー】 11. 圧倒的恐怖 | 日々コギ精進(仮)

日々コギ精進(仮)

レオ…
ティーダ…
いつまでも君達を愛していますよ…

《圧倒的恐怖》


実家を建て替えた時なのか他のタイミングなのかは分からないが、彼の写真やそのネガを紛失してしまったらしく、東京の会社寮に彼の遺影を置くことが出来なかった。私の記憶から彼の存在が消えることはなかったが、彼の遺影を見ることが出来ない日々が4年にもなると、彼の姿形を記憶の中から直ぐに引き出すことが出来なくなっていた。


その頃、私は原因不明の体調不良に悩まされていた。倦怠感、頭痛、吐き気、めまい、息苦しさ、不眠、腰痛、背筋痛、首痛、胃痛。急性胃炎で入院したこともあった。検査はいろいろした。様々な診療科を受診したし、医師を変えたりもしたし、セカンドオピニオンを求めたこともあった。だが確定診断を得ることは無かった。身体には異変があるが原因不明。何度も何度もそれが続くうちに会社内では「どうせさぼりだろ?」という声を耳にするようになり、とうとう精神的影響を受けるようになってきてしまっていた。


その日もあまりよく眠れなかった。ウトウトしてはジワジワと苦しくなり、右向きに寝ていた身体を左向きに変え、またウトウトしてはジワジワと苦しくなり、左向きを仰向けにして、仰向けは全く気持ちが落ち着かずに右向きに戻る。そんな感じで落ち着いた長く深い眠りに全く入れないでいた。そしてそれを繰り返しているうちに東側の窓からカーテン越しに明るさを感じるようになった。


「もう朝がくるなぁ仕方ない起きるか


そう思った時には私の頭はもうスッカリ覚醒していた。「トイレに行きたい」と脳が感じたので仰向け寝になっていた身体を起こそうとした。


「あれ?

身体が動かない?!?


「え? なに? え?」

目も開けられない!?


身体が全く動かなかった。だが頭が既に目覚めていたこともあり、過去に伝え聞いてきたことのある知識から「あ。これが金縛りというやつか」という結論を割と直ぐに得るに至った。


「さて。どうすればいいかな?」


まだその時は呑気に考えていた私は小学生低学年の頃に「自分の部屋に入った時に家族の首がゴロゴロと転がる夢」を見たことを思い出した。でもその時には夢の中で「これは夢だ」と思えた。だから夢から覚めれば助かると考えて、目を強く瞑り、開けて、また強く瞑り、また開けてを繰り返した。過去何度も怖い夢から強制的に自分を目覚めさせてきた技。それを何度も何度も試した。だが効果が全くなかった。それはそうだ。その技は夢の世界にいる時に使える技なのだ。今、私は覚醒している。頭はスッキリと目覚めているのに身体のあらゆる部分が動かない、心も身体も現実世界にいるのだ。夢の世界での技が使えるはずもない。


「ストン」


音にするとそんな感じだった。仰向けの私に掛けられている布団の上から、左足首の横辺りにそんな擬音が似つかわしい感じの圧力がかかるのを感じた。昔々にレオが寝ている私の掛け布団の上をウロウロと動くことがあった。何度も何度も何度も何度も感じたこともある、布団越しに届く圧力。だがこの時に感じていた圧力面の大きさは彼のそれとは明らかに違っていた。圧力面が彼の足と比較するも明らかに大きいのだ。


「なんだ?これは?」そう思った。


次の瞬間。今度は足首よりも少し上。だが右側のスネ辺りに同じ面積の圧力面を感じた。その時に直感的に分かってしまった。「これは人だ手のひらサイズの面積の圧力だ」と。


そのあと、左足首の横に感じていた手の平サイズの圧力が無くなったと思ったらそれが今度は左膝横に移った。それと同時に第3の圧力面が右足先に来たのを感じた。


人の形をした”得体の知れない何か”が!

私を金縛りにさせた上で!

私の足から顔の方に向かって!!

四つん這いで登ってくる!!!


一気に顔が冷えた。やがてそれが全身に広がったような気がした。鼓動は高まり早くなり呼吸が苦しくなった。目は相変わらず開かない。というかこの状態で「もしかしたら開くかな?」などと試すクソ度胸は私には無い。完璧に目覚めて活動している筈の脳も「どうやって逃げるか?」「身体が動かない!」という思考を延々と繰り返すだけだった。


”得体の知れない何か”による圧力面がとうとう4つになった。そいつの顔が私の顔に近づくに従ってそいつの息使いが聞こえるようになってきた。

「はあぁぁぁぁはあぁぁぁぁ

目は変わらず開けられない中で、

その息の音をハッキリと耳にした時に

「これは白装束の老婆!?」

と何故か感じた。単なる直感、そんなものだったが多分それは合っていたと思う。


「ヤバイよ!ヤバイよ!」

本当にヤバイ時は”よ”なんて終助詞は付かない。

「ヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイ」

それしか頭に出てこなくなる。


「誰か助けて!」「神様!助けて下さい」

本当にヤバイ時は名詞とか代名詞も頭には浮かばない。

「助けて助けて助けて助けて助けて助けて」

それしか考えられなくなる。


「ヤバイ」「助けて」

とうとうそれしか頭に浮かばなくなっているのを嘲笑うように、私が怯えているのを楽しむかのように老婆はゆっくりゆっくりと私の顔の方に向けて歩を進めてきていた。圧力面が上に移動する度に心臓が激しく跳ねた。老婆の顔が少しずつ少しずつ私の顔に近づくに従って「はぁぁぁぁはぁぁぁぁぁ」という息の音が大きくなってきている。心がどんどん削られていく。そしてとうとう老婆のその息そのものを喉仏あたりに感じてしまった。もう顔だけがカーッと熱くなっていることしか感じなかった。脳内は「助けて」で100%埋まっていた。圧力面に次の動きがあった。仰向けで固まる私の顔の真っ正面に老婆の顔があると分かった。老婆の息が顔にかかった。


「あ殺される


圧倒的な存在感と恐怖がその老婆にはあった。某恐怖映画のテレビから這いずって出てくる、ロングヘアーが顔にかかって表情が見えない、あいつ。あれと同じような存在が仰向けの私の上に覆いかぶさるようにいるのだ。


やがて、私の両肩あたりに置かれていた老婆の両手にかかる圧力が更に増した。顔に感じる老婆の息が強くなった。老婆は顔を近づけにきていた。でもその時には私の心はもう既に折れてしまっていた。いや、粉々に砕けてしまっていた。もう何も出来なかった。身体の細胞全てが活動することを諦めてしまっている、そんな感じだった。”死”という言葉すらも頭に全く無い、虚空、虚無、正しくそんな状態だった。


つづく