「最初からうまくいくなんてことはまずないですよ。」

 

~ 鳥嶋和彦(とりしま かずひこ)~

株式会社白泉社 代表取締役社長

集英社在職中に漫画家の鳥山明さんを担当し、ヒット作を生み出す

 

 

 

 

 

「おいLeon, 少年ジャンプってどれぐらい売れているか知ってるか?」

 

「いえ、知りませんが・・・」

 

「620万部だぜ、すげえだろ。。」

 

タクシーの中で中年の男が呟く。

 

営業部に配属された際、教育係だったこの男はやり手で有名だった。

 

彼はいぜん集英社を担当しており週刊少年ジャンプという同社が週1回発行する少年漫画界の怪物を目の当りにした経験を持っていた。

 

営業同行のタクシーの中で平成の初期の頃、町を歩く学生がみなジャンプを携えているのを見て俺にこう尋ねて来たのだ。。。

 

 

 

 

 

週刊少年ジャンプ

 

少年漫画界の「巨人」と言われた雑誌。

 

 

過去最高のピーク時には年間653万部に達する。

 

週刊誌の販売部数として世界最高であるこの記録はギネスにも認定され未だに破られていない「金字塔」だ。

 

 

その礎を作った一人が亡くなった烏山明さん。

 

1978年デビュー。

 

「Dr.スランプ」でまずは世間を席捲する。

 

この漫画(全236話)は単行本の累計発行部数が3000万部を超えるメガ・ヒット作品となる。

 

TVアニメにもなったほか劇場版も作られるほど人気漫画だった。

 

 

 

其の後「ドラゴンクエスト」のキャラクターデザインなど漫画以外にも進出し活躍。

 

そして今や全世界でばく大なファンを持つ「ドラゴンボール」を世に送り出す。

 

あの大谷翔平選手も、アメリカに行った際、「ドラゴンボールを読んでいるか?」でほかの選手とコミュニケーションをとっていたそうだ。

 

彼の世に送り出したキャラクターは文字通り全世界を席巻し、とくにドラゴンボールはすさまじい人気ぶりだ。

 

そんな漫画界の巨匠が亡くなった。

 

フランス外務相は公式に弔意を表するなど世界中でその死が悼まれている。

 

いかに彼が生み出したキャラクターが世界中で愛されているかの証左ともいえるね。。。

 

 

 

 

さて、これだけ巨匠として敬愛されている鳥山さんだが、実はデビューの時は苦労した。

 

これほどの人だから才能を早くから発揮してとんとん拍子で世に出たと思われがちだが違う。

 

鳴かず飛ばずの不遇の時代を1年ほど送った。

 

原稿を書く。。。

 

それを集英社の担当者(冒頭の鳥嶋さん)に送る。。。

 

だが酷評の嵐。。。

 

増刊号に掲載されても読者アンケートでは全く面白くなかったと書かれ、ランキングでは下位。

 

そのためなかなかデビューできず、結局1年間500枚もの漫画を描いてそれがずべてボツとなった。

 

 

漫画1枚描くのは大変な作業。

 

これを一人で500枚描くのは正直気が狂う。

 

しかも採用されない。

 

お見合いを500回やって1度も交際に進めなかったと考えてみて欲しい。

 

それが鳥山さんの置かれた立場だった。

 

 

 

 

だが鳥山さんは諦めなかった。

 

「これも勉強だ」ととらえ、ただひたすらに漫画を描く。

 

そして集英社に送る。

 

酷評と共に返って来る。

 

また書いて送る。。。

 

この繰り返しを1年続けた。

 

何度か漫画を描くのを辞めようと思ったが意地で続けたそうだ。

 

 

 

 

転機は突然訪れる。

 

担当者である鳥嶋さんから「女のキャラクターを描いてみたらどうか?」と奨められ、それを実行したのだ。

 

それまで男性のキャラクターばかり書いてきたが、ここで女性キャラを描くことに嫌々ながら挑戦。

 

これが予想外の好評を博した。

 

それをベースにできたのがDr.スランプの主人公、アラレちゃん。

 

 

 

 

 

Dr.スランプという漫画は、当時のジャンプの中で異彩を放っていた。

 

可愛い女の子を書かせたらNo.1の江口寿史の「ストップ・ひばりくん」

 

かっこいい男女が登場する「CATS EYE」と「CITY HUNTER」

 

ハードボイルドの男性海賊が暴れまわるスペースファンタジー作品である「コブラ」

 

これらはみんな主人公がスタイルもよくカッコいい。

 

そんな中。2等身や3等身のキャラばかりのアラレちゃんを代表とするDr.スランプは正直「ジャンプらしくないマンガ」

 

だがこれが大ヒットした。

 

アニメ化、映画化もされたし、CMもキャラクター商品も販売され本当に世間に溢れていた。。。

 

 

 

なぜこの話を取り上げたか???

 

鳥山さんはあれだけの才能を持っているのに、デビューするのに1年間暗黒時代を送らざるを得なかった。

 

だがその間、あきらめずに「これも勉強」と割り切ってマンガを描き続け、ある時担当者の助言で女性のキャラクターを描いたことで大成功のきっかけをつかんだ。

 

 

 

 

なぜみなさんは才能も美貌も無いのに婚活を始めて2か月や3か月でしっぽを巻いて逃げ出すのでしょうか?

 

たかだか10人前後の男に会っただけで「相談所にいい男はいない」とむくれて逃げだしてしまう。

 

「いい男がいない」のではない。

 

貴女が会えるのがその程度の男だと言う事実から逃げたいだけ。

 

そして自分は不人気の売れ残りの中年だと言う事実から逃げたいだけ。


 

 

 

鳥山さんと共にヒット作を世に送り出した鳥嶋さんはこう明言している。

 

「最初からうまくいくことなんてまずないですよ」

 

婚活も同じだ。

 

20代で相手から配偶者として選んでもらえなかった人が30代40代で婚活を始めて最初からうまくいくことなんてない。

 

もう一度言おう。

 

鳥山さんには「才能」があった。

 

だからDr.スランプもドラゴンボールも世に送り出すことができた。

 

そしてくどいようだが、みなさんには「美貌」も「才能」も「若さ」も無い。

 

ならどこで勝つ?

 

「あきらめない精神力」「自分を変える自己改造力」

 

これしかないのでは?

 

まあ、やってれば結婚なんていつかはできる。

 

ただし、鳥山さんが嫌々ながら女性キャラクターを描くことで突破口を開いたように、何かを変えなくてはいけない。

 

それさえできれば行けますよ。