新しい会員を迎えた。
後輩。女性。アラサー。文学部卒。
どんな展開になるのか期待は膨らむ。
ところで、近年「文学部」の存在価値が問われている。
とりわけ国立大学でそれは議論を呼んでいる。
少子化の今の時代、大学改革が叫ばれ「大学としての強みや特色」が問われている。
人文社会系はもう私立大学にお任せして国立大は社会で役に立つ実学を教える教育機関に徹すするべき、という意見もあるそうだ。
工学部、医学部、理工学部、・・・・・。
この辺りこそ「学問の王道」であり人文社会系、とりわけ文学部など不要という見解を見かける。
九州大学や京都大、大阪大あたりにこんな意見があると聞いた。
文学部と言っても実は領域は幅広く、国文学、英文学、独文、ロシア文学、西洋哲学、インド哲学、心理学、教育学、社会学、西洋史、日本史、アジア史とまあ多岐に渡る。
こういうの、「学んだところで一体何の役に立つの?」というのが営利企業の一線で働く人が抱く素朴な疑問だろう。
そんななか、大阪大学の文学部の教授がきらりと光る見解を示した。
「文学部とは、人生で岐路に立った時、間違った選択をすることを回避するための学問を学ぶところ」
これは目から鱗だ。
なぜならこの説を裏付ける事例を今まで社会でたくさん見てきたから。
実学至高論者はあらゆるところで出会う。
理系出身の社長や研究者、医師に多く文系では公認会計士やMBA取得者に見られる。
「大学は実社会で役に立つ学問を収めるところ」と主張し、何なら昨今流行りのカタカナ学部など学問として認めない。
「グローバル」「コミュニケーション」「環境」
このような言葉のついた学部出身者には冷ややかな視線を向けることを連中は憚らない・・。
まあ、分からんでもないけれど・・。
だがそんな彼等彼女らは人生の岐路で重大な失敗を犯していることが少なくない。
性犯罪や贈収賄を犯して地位を失い社会から排除された医師や医学部教授、・・・
最近なら東大医学部の教授サンだね。
自らの経済知識を過信したあるMBAホルダーの大学教授は、勤務する東海地方の学校法人の資産運用を任されて仕組債に手を出し30億円以上の損失を学校に与えた。
MBAは「実学」の権化。
それを身に着けた知識人がその知識で判断を誤り巨額損失を出してしまう。
最近なら上場企業であるニデックさんだろう。
この会社は永守某という男が一代で築き上げた巨大なモーターメーカーだがこの永守氏も高専卒で「実学至上主義者」
そもそも学歴自体も否定している御仁だが、判断を長年にわたり誤り続けた結果、上場廃止に追い込まれつつある。
なぜ「粉飾決算」のようなことを長年やり続けたのか???
すぐに社会で役立つ事だけを貴ぶ人は、多かれ少なかれ人生のどこかで間違った判断を犯し、それゆえに致命傷を負うことになる。
ご紹介したのはほんの氷山の一角だ。
婚活する男女にもこのような人は多い。
そのほとんどが理系だ。
旧帝大理系院卒のメーカーの研究員のアラフォー女性とか、・・・。
とにかく人間性に厚みが無いのが特徴で、研究や解析、試験勉強しかやっていない。
話をしても「つまらない」。
女として魅力は皆無だ。
これは売れ残るよね。
みなさんも年を重ねると分かると思うが、一見何の役にも立たないような体験や知見が人生の窮地を救ってくれることがある。
「どれだけ仕事に関係ないことを経験し知っているか」
人間的な魅力とは意外にこんなところから湧き出てくるのかもしれないね。
追記:
大阪大学医学部と言えば適塾を祖に持つ「名門医学部」だ。
かつてそこでは文学部から教授を連れて来て1年時に哲学の授業をしていたそうだ。
大阪大学のような総合大学ならではの「厚みのある教育体制」
さすがは適塾だ。
昨今、思いあがっている医師が目立つ。
「こんな老人にこんなに医療資源を投入してなんになるのか?」
「それならもっと若い人を対象に減税しよう」
とか言ってる医師を見た。
医療教育しか受けていない人間はこうなるのだろう。
連中に取って「人間」とは生物の一つの種に過ぎない。あるいはカネを稼ぐ手段か・・。
だから社会保障コストの観点から老人は無駄な存在と考えるのだろう。
おまえの仕事は人間の生死や価値を決めることではない。
修理屋に徹して直せばいいだけ。
それ以上でもそれ以下でもない。
もっと専門以外の知見を積んで頂きたいものだね。

