二〇二四年一月二十一日紙切りの三代目林家正楽が亡くなった。十九日まで寄席に出ており、二〇日を休演して翌日の出来事であった。あまりに突然でまだ心の整理がつかない。長年寄席に通っているが、贔屓の噺家(例えば故小三治や雲助、近年なら喬太郎、白酒、菊之丞、三三など)よりはるかに回数多く目にしていたのが三代目正楽だ。膝代わりといって、トリの前に出ることが多く、それくらい噺家にとっては貴重な存在だった。およそ切れぬものはない。その膨大な知識量と、客からの無茶ぶりをアイデアとウィットで返す凄さには、毎度拍手喝采だった。人間国宝に選ばれても決して不思議ではない存在だった。切っている間いつも高座で語っていたのがこれ。

「どうして身体をこんなに動かすかというと、黙って切ってると・・・暗ーくなります。」
「最近は新聞読むときも動いてしまいます。こないだ動きすぎて気持ち悪くなった。職・業・病です。」
「なんでも切りますっていったら、後ろの方のお客さんが前まで出てきて手を出す。売店で買ったおせんべいの袋が破れないから、ハサミで切れと・・・」
「これ持って帰ったら、黒い紙か赤い紙か緑の紙か黄色い紙に乗せて飾ってください。白い紙だとなんだかわかりません。」

いただいた作品の一部をここに紹介し、名人を偲びたいと思う。
1.「相合傘」


 お題を募る前に鋏試しとばかりササッと切るのが大概これ。欲しい人は前に出ていけばもらえる。切り取った跡も同じ図柄で残るので2人分にもなる。これはB面の方。

2.「カルメン」


オペラ関連のお題を何度かお願いしたがこれが最初。フラメンコのようなイメージがあったようだが、気に入って部屋に飾っている。朝ドラ「ブギウギ」のジャズカルメンの回を観ることなく亡くなってしまったのだなあ。

3.「蝶々夫人」

これも部屋に飾っている。このシーンはピンカートンを待つ蝶々さんが長崎の港を見つめているとアメリカの船がやって来るという、アリア「ある晴れた日に」が聴こえてくるような作品。グラバー亭の柱の具合も見事。

⒋.「ハワイの雪」

これは柳家喬太郎の新作落語のエンディング。トリの喬太郎の膝代わりだったので、もしかしたら大好きなこの噺をしてくれるかもしれない、とお題に出したら運よく通ったのだ。もらいに行ったら「おまけがあります」と小さな丸を二つ切り取って渡してくれた。ご覧のようにそれが雪である。後に出てきた喬太郎は「そうはいかないよ」と別の噺をしたのも懐かしい。50分くらいかかる噺なので寄席では無理なのだ。

5.「花嫁」


次女が結婚する前にプレゼント用にお願いした。この原稿のために一時拝借。

6.「紺屋高尾」

こんな素敵な落語はない。最上級の花魁「高尾」の錦絵に一目ぼれした染物職人の若者が三年間給金をためて会いに行く。その時は醤油問屋の若旦那と身分を偽っていたのだが、一夜を伴にした翌朝、泣きながら三年後しか会えないと正直に打ち明ける。感激した花魁は「年季明けしたらあんたの女房になりんす。それまでこんなところに来てはなりません。」と約束する。はたしてどうなるかは、誰かの落語を聴いてください。談志の演じる必死な若者の訴えが忘れられない。

7.「勧進帳」

「弁慶だけでいいですか?それとも三人?」と正楽師。
お言葉に甘えて弁慶、義経、富樫の三人をお願いした。なぜこのお題かというと、正蔵が本格的に稽古して米團治、三平とともに新橋演舞場でやったドキュメントをテレビで観たからだ。それにしても米團治の富樫だけが上手かった。
 たしか二月だったので私の後に「バレンタイン」を切ってもらった女の子はチョコレートを師匠に渡していた。こういう気のきいた娘は一生幸せになってもらいたい。

8.「五代目柳家小さん」

以前誰かが注文したお題なのだけど、すごく羨ましくていつか欲しいものだとずっと狙っていた。写真でわかるように、二つ折りにして左右対称に切っている。最初まーるく輪郭だけを切り取って客に見せ、笑いをとる。これだけじゃあんまりなのでと、丁寧にハサミを入れていく。高校生の頃だったか、長崎本線の列車内に味噌汁を手にした小さんの広告が飾ってあって、なんとか持って帰れないものかと真剣に考えたのを思い出した。もちろん窃盗になっちゃうのであきらめたが、その頃から大好きだった落語家。目白の師匠と呼ばれ、近所に医者の叔父(母の異母弟)が住んでいた。その舅、村上医院の院長は小さんの主治医だったと聞いている。

9.「龍踊り」

じゃおどり、と読む。もちろん長崎のおくんちの出し物で有名。知らないはずはあるまいと長崎愛を発揮して大声を出した。「じゃおどりー!」その甲斐もあってゲットできて部屋に飾ってある。複数の役割の違う人物を短時間で描くなど、さすがのディテールだ。

マイケル・ジャクソン死亡のニュースが流れた日、案の定正楽の高座でマイケル・ジャクソンの注文が複数の声で上がった。
「えっと、こちらのお客さんの方が速かったんですよね・・・・・でも切りません」(爆笑)
さすがの正楽もレパートリーにないと客は思ったことだろう。その後、「花火風景」、「鉄腕アトム」のお題に応え、「これは皆さんがよく知っているアトムとは違うアトム」などと笑わせた。そして最後にマイケル・ジャクソンを切ったのである。ムーンウォークをするマイケルの姿がそこにあり、なんともいえない温かい拍手がおきた。その日の客全員がマイケルを追悼した気分になった。その正楽が追悼される日がこんなに早く来るとは。
 ちなみに今後も寄席で紙切りの芸は観ることが出来る。活躍中の林家二楽は二代目正楽の息子、そのまた息子八楽も寄席に出ている。三代目の急逝は悲しいが、芸が継がれていくことはなんと素敵なことか。