バレンボイムのように 平島誠也(遊俳令和4年春号より)

 2月現在、映画館で「クレッシェンド」という作品が上映されている。ユダヤ人とアラブ人の若い演奏家たちがオーケストラとして合宿し、多くの感情的対立を抱えながら、コンサートを実現させようとする物語である。ヒントになったのは、そのオーケストラを組織、指導した指揮者ダニエル・バレンボイムとウェスト=イースタン・ディヴァン・オーケストラだと思われる。ただし指揮者の生い立ちなど、映画的にかなり脚色されていて、それがいい意味でパレスチナ問題を分かりやすく見せている。ドキュメントなら「ラマラコンサート」というDVDがあるので合わせて観るといいだろう。パレスチナ自治区のラマラへオーケストラのユダヤ人メンバーが勇気を持って合流しコンサートに至る軌跡が記録されている。

 さて生まれ変わったら誰のようになりたいか。日本の伝統を受け継ぐ何かの職人となって、毎日物を作って生きてみたい、とテレビ東京の人気番組「世界!ニッポンに行きたい人応援団」を観る度に思うのだが、それはさておき、音楽家として誰に憧れを持つかといえば、まさにこの指揮者ダニエル・バレンボイムである。

 ピアニストとしても超一流でベートーヴェンのピアノソナタ32全曲をなんと5回も録音している。モーツァルトのピアノ協奏曲全曲はもちろん、数々のピアニストとしての録音があり、指揮者としてはオペラを含む数えきれないCDを聴くことができる。
本番で強烈に覚えているのは、東京フィルハーモニーのコンサートでブラームスのピアノ協奏曲を一夜で2曲とも弾いたことと、バイロイト音楽祭でワーグナーの「トリスタンとイゾルデ」を指揮した二日後にルツェルン音楽祭でベートーヴェンの最も長い難曲である「ハンマークラヴィアソナタ」を弾くのを目の当たりにしたことである。とてつもない才能は歌曲伴奏でも発揮しており、バリトン歌手トーマス・クヴァストホフとの感動的なシューベルト「冬の旅」ベルリンライヴはDVDで観ることができる。
  アルゼンチンでユダヤ系の両親から生まれたバレンボイムは天才少年として巨匠フルトヴェングラーにも認められており、渡欧後にイスラエルの国籍をとる。
さてこれからが肝心な話なのであるが、彼は好戦的なイスラエル政府に対して常に批判的ある。イスラエルのガザ侵攻をふまえた上で、2009年ウイーンフィルニューイヤーコンサートを指揮した時に、終わりの挨拶でこう述べている。「2009年が世界平和の年になりますように、中東で人間の正義が行われますように、私たちは期待しています。」と。

 バレンボイムはユダヤ人が差別主義者として最も忌み嫌うワーグナーの作品をイスラエルでコンサートプログラムに入れたことがある。(ナチスがワーグナーの音楽を利用したことがイスラエルで拒否される大きな要因) そのことは当時非難轟々だったが、彼は音楽の価値は絶対的なものとして意に解さなかった。
そういうバレンボイムが若者に音楽を通して平和な未来を託す気になるのは当然だろう。音楽で紛争が防げるとは思っていないだろうが、考えの違いをあえてオーケストラとして共同生活の中で戦わせることに意味があると信じているのに違いない。民族として理解し得ないことはあっても、アンサンブルで同じ方向を見つめることはできるのだから。
映画ではオーケストラの合宿でロープを挟み、ユダヤ人とアラブ人が対峙。動かず相手に触らないルールで言いたいことを激しくぶつけ合うシーンがある。そして疲れ果てた後に、親や祖父らに起きた悲劇を互いに静かに語るのだ。合宿先の南チロルの山が美しく、映画なので禁断の恋愛も描かれるが、その結末は伏せておこう。

 ここに1冊の本がある。エレナ・シェアー著「ウェスト=イースタン・ディヴァン・オーケストラ群像」~中東の若き音楽家たちとバレンボイム~
訳したのは平尾行蔵氏。慶應大学のかつて事務長でもあり、音楽図書館学の日本における草分け、ドイツ語の達人だ。実はドイツで同じ時間を過ごしたことがある兄貴分で、ワインの造詣も深い。この素晴らしい本が、日本の出版界の厳しい現状ではなかなか世に出せず、自費出版した物を送っていただいた。このオーケストラのメンバーに、やはり参加者であるエレナ・シェアーがインタビューしたものをまとめた本で、海外では広く読まれている。この出版事情の違いは日本の国際的感覚の鈍さに通じると思う。

 ロシアの名ヴァイオリニスト、ギドン・クレメルが初来日したとき、共演していたピアニストのあまりの美しさに目を奪われたことがある。プログラムにはエレーナ・クレメルとある。なんだ奥さんか、と思ったが、ずっと後になりルツェルン音楽祭のロビーで見かけたら、お腹が大きかった。その時のコンサートは前述したバレンボイムのピアノリサイタルだったのだが、この頃バレンボイムとエレーナはもう一緒に住んでいたと思われる。いつのまにかギドン・クレメルとは別れていたのだ。
 バレンボイムはイギリスの天才チェリスト、ジャクリーヌ・デュ・プレと結婚していたが、彼女は若くして多発性硬化症で亡くなっている。「ほんとうのジャクリーヌ・デュ・プレ」という酷い映画にもなっているが、そこでのバレンボイムの描き方はいささか気の毒だ。病気の妻のエキセントリックさに嫌気がさし、他の女性に走るという扱い。

 彼がピアノの公開講座で印象的だったのは、演奏におけるテンポについて語ったものだ。「テンポとは旅行鞄のようなもの」だという。持って行きたいものが沢山ある人は大きな鞄を用意すればいいし、そうでなければ小さな鞄で行けばよい。つまり表現したいことを沢山詰め込むのならテンポは遅くなり、絞り込んだ表現を際立たせるなら速くなるというような意味であろう。
指揮者バレンボイムのテンポはピアニストの時より遅い。音楽家以上のいろんな思いが彼の中に詰まっているかのようだ。

雪割草揺れてチロルのホルンかな       誠也