皮の外と中 | SHINO LEONOR KAMEDA

SHINO LEONOR KAMEDA

by かめだしの

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自分自身、はどんな人間なのか、
と問われると、実は正解がわかりません。

私が思うに、(目を閉じて想像します)
自分と他人との境目は、自分の「皮」です。
皮の中が自分、皮の外が外の世界です。

例えば黒いポリ袋をかぶって出かけたとします。
街に出ると人々は、

なんで黒いポリ袋をかぶってるんだろう、
変ってるな、
暑っ苦しい、
なんか怖い、
といった外側からの様々な感想を客観的に持ちます。

かたやポリ袋に包まれた自分は、

暑い
暗い
苦しい
でも安心(?)
といった内側からの自分なりの感覚を持ちます。

このポリ袋をかぶった人間への2方向の感想は、
両方が不確かな情報であり、確かな感想なので、
その合わさったものが、おそらくその人をより正確に表す形容詞となります。

それと同様、自分自身はどんなものかと考えると、
自分の「皮」の外から見られた姿と、
「皮」の中で感じる自分自身の姿の合わさったものではないかと思うのです。

そうだとすると、
自分自身がどんな人間なのかは、
外からの沢山の情報があればある程、ある方向へ固まって行くので、
歴史上の英雄なんかは、ある形容詞がつけられていたり、
何か語り継がれるエピソードがあったりして、
その人が確かにそんな人だったんだろうという結晶の様なものを残します。

ただ、あまりにも有名になってしまった英雄達は、
今度は自分の中からの感覚に対して、
外からの形容が多くなりすぎて、
内側からの真実の感想は消されているかもしれないとも考えられます。

英雄、英雄と記録に残る偉人が、
実はちょっとしたトラウマや心の傷を負っていたかもしれないことが残されない事により、
すっかり弱点のない英雄として世に名前を残すといった、
少しバランスの違った結果になっているかもしれないということです。

結局、私の結論としては、
自分自身がどういう人間なのか、ということは、ほぼ未知で、
死ぬまで、
死んでも、
確かなことは分からない、
形のないものなのではないかということです。