
「自我」ではなく「無我」である。
と言われることほど、
我が確立していることはないのではないか、と
ある人のコメントを見て、
はっ!とさせられました。
私は長年、
自我を確立すべく、
意気がり、強がり、肩で歩いてきましたが、
無我とは、
そこから見ていては、
到底解ることの無い境地だと思います。
「沢山たくさん」を求めた、
若くて、激しくて、まっすぐだった時代から、
私は最近ようやく、
「無」に注目がシフトし始めている様です。
白の美学もそう、
禅業もそう、
ビッグバンもそう、
ふくらんでふくらんで、
最後に行き着くのは「無」なのかもしれません。