気がつけばそこにあるもの
将来 足腰が弱らないように、そして基本的に歩く、走る(ゆっくり)が好きなので、週二回ほど ジョギングしている。
去年は、煉獄さんに払拭され
心を燃やせ
と呪文を唱えながら 毎日走った。
しかし、すぐに、筋を痛めてしまうようになる悲しい現実が待ち受けていた。
たしか煉獄さんは 21歳くらいの設定だったはず。
倍以上の私は、年相応 の意味を知る。
今日は、夕方になっても暑かった。
いつものコースを走り、汗をダラダラ流しながら 暑いーっとしかめた顔もして クールダウンのウォーキングを近所周りでしていたら
ある紳士が
めっちゃ疲れてるやん、水いる?
と 玄関前から声をかけて下さった。
家から徒歩10分あたりの場所を歩いていたので よく顔を合わせる ご近所さんほどでもない、偶然 紳士が玄関前にでていただけだ。
大丈夫です、そんな家遠くないので
と 私も 返事。
冷蔵庫に冷えた水あるからすぐとってこれるよ、遠慮しないで、
とまたしても 優しいお言葉。
そこまで、喉の乾きもなかったし、本当に汗だくで 汚かったし 人様の玄関先にこんな姿でいくのは 憚られた。
丁重に お断りと 感謝を伝え 帰路に着く。
私の心は 優しさの炎🔥に満ち溢れた。
煉獄さんも闘志の炎🔥は凄まじいものがあったが、根底にあるのは 愛。
名もなき詩 の
愛はきっと奪うでも、与えるでもなく 気がつけばそこにあるもの
のフレーズが 頭の中を流れている。
美しい世界が 私の視界に広がっている。
今日も、生きるのにもってこいの日だった。
(ナンシーウッド氏の詩を一部改ざん)
裏庭で収穫した野菜たち。
きゅうり🥒が たまげるほど 巨大。
