ハ・ワンさん著「あやうく一生懸命生きるところだった」を読み終えた。父に「もう読んだ」と言われもらった本であった。そのコミカルな色調とデザインの表紙に一種の愛着を持ち、読み終えることができた。
生き方に関する自己啓発は当分いいかなと感じた。この本の影響ではない。やはりどうしても浅くなってしまう。もちろんたくさんの気づきがあるが、やはりフロムやアランの古典をもっと読んでみたいという想いが強い。
努力しても報われるとは限らない
芦田愛菜が昔テレビで引用した好きな名言に王貞治の「努力は必ず報われる、報われないとしたらそれはまだ努力とは言えない」というものがある。これが刺さる人には刺さるだろう。中学生頃の僕だったら今すぐどこか目に着くところにメモしているはずだ。しかし高校2年のとき、高校生活をかけて臨んだことに失敗した時味わった挫折で学んだ。「努力は必ずしも報われない」と。
そして今大学生になって、改めて考えると、そもそもこの名言が指し示す時間の幅はとても長いのではないかと感じてきた。努力しても努力してもその時は報われないかもしれない。だけど何年か経って振り返ってみると「ああ、あの時の努力のおかげで」って思えることが読者の皆様にもあるはずだ。それをこの名言は言いたかったのではないか。
以前高校の物理の担任がテスト用紙返却時にこう言っていた。「努力っていうのはすれば報われるっていうよね。だけどみんな努力の量にだけ拘っている。努力量なんていくらでも我慢すれば増やせられる。だけど努力の方向を間違えていたらいくら努力量を積んでもだめなんだよ」と。
前置きが長くなったが、以下箇条書きで本文の気になったとこをまとめてみた。
<世の中>
・世はお金=最高という物質万能主義
→富の真の目的というのは「誇示」である。
・人生マニュアル
→この世の中には「何歳までには普通結婚する」「何歳までには普通家を持つ、車を買う」なんていう概念がある。そんなものに流されるな。そう著者は言いたかったのだ。「ひげ作戦」→自分の好みを万人が認めるわけはない。だけど万人ウケするものをやっても結果は変わらない。だから自分の好きなことをやるべきだね。みんなに合わせようとすると誰にも合わせられない。
・人生とは小説の中身であって、小説のタイトルではない
→人生を収入や社会的地位といったタイトルで評価して、自身を卑下しないこと。
<生き方>
〜夢〜
「いつかはやりたいことが出てくるのだから、それまでに今目の前にあることでやる気をコントロールする練習をしよう」
→これはしっくり来た。人生というのは厄介なもので、「やりたいこと」がはっきりしている時には色々と邪魔な出来事がやってくる。一方で「やりたいこと」がはっきりしていないときほど暇な気がする(まだ20年しか生きていないからなんとも言えないが)。
夢と片想いは似ている
→試しもせずに諦めると諦めたことは心の隅に残り続ける。僕らには挑戦する権利がある、たとえそれが叶わない恋(夢)だとしても
〜生き方〜
・これしかない、他に選択肢はないと思ってしまう
→必要なのは失敗を認める勇気 「コンコルド効果」
「あれだけ時間・お金をかけたんだから!」はだめ
・この選択で本当に正しいのか、本当に最善の選択なのか
→人生全て自分の選択に委ねられていると考えるのは傲慢だ。そしたら「もし違う選択をしていても、結局は同じとこにたどり着いていたはずだ」と考えられる
・一人の時間を望むのはそれだけ人間関係に疲れているから
→しかし一人の時間を楽しんだら必ず群れに戻らないといけない
→本当に一人ぼっちであったら寂しさを楽しむことはできない。本当に一人ぼっちではないとわかっているからこそ、一人の時間を楽しむことができる。一人が耐えられず、何でも誰かと一緒でないとできない人ではなく、一人でできることの多い人に、一人の寂しさを理解していながらも怖がらない人、一人が楽だけど結局は一人では生きられないことを知っている人、人の群れからしばし離れて孤独を楽しんだ後に再び人の群れに戻り、喜んで一緒にいられる人
・何かを失った時は失ったことに気を撮られて何かを得ていることに気づかない。反対に、何かを得ようとする時はそれに集中するあまり失っていることに気づかない。
→何かを得た時は得たものの幸せが大きいからまだ耐えられるけど、失った時はそうは行かない→そういう時は『今何かを失ったから、やがて別の何かが得られるはずだ』と考えないとね
期待しなければ寛大になる・少しでも良ければ満足できる→絶対叶わせると意気込むより「叶えばいいな」っていうスタンス
・人間は欲深いからどっちを選んでもどうせ後悔する
・自尊心が低いのは自分を過大評価し、「自分とはこうあるべき」という理想像が高すぎて現実像とのギャップが大きすぎるからである。「自分はまあこれくらいの人間なのだ、それでも悪くないね」と考えることで自分を愛せば自分への不満が減る
自分が存在するのは何か偉業を達成するからではなくただ生まれたから
・「ああなりたいな」→そう思わせるものは誰かの何年、何十年の努力の積み重ね→それをすぐに手に入れられると思うから挫折して辛くなる
<結論>
自分自身に対する、そして自分の人生に対する理想像・期待値を下げること。
何か失敗しても「まぁ、僕だし笑」「人生なんて100やって1当たればいい方でしょ」って感じでいいんだと学べた。そっちの方が楽だと。もちろん頑張るところは頑張る、希望も持つけど、人間頑張らなくてもいいところで失敗しても落ち込んじゃうじゃないか。そういうときとにこのメンタルがあると楽だと思う。
人生全て自分の選択に委ねられていると考えるのは傲慢だ。もし違う選択をしていても、結局は同じとこにたどり着いていたはずだと考えよう。
一人の寂しさを理解していながらも怖がらない人、一人が楽だけど結局は一人では生きられないことを知っている人、人の群れからしばし離れて孤独を楽しんだ後に再び人の群れに戻り、喜んで一緒にいられる人
→人生は孤独であって孤独でない。これから噛み砕いていきたい一文。
小説を読んで。自分一人分の人生では物語が足りない。
その他(そこそこ響いたけど、消すにはもったいない文たち)
・絵を描くときと同じで、力むからうまくいかない→リラックス 自分の人生を最上のものにしようなんて考えは捨てること そしたらなんでも最初の一歩を踏み出せる だって失敗してもいいもん
・人生はジョーク→多くの問題が降りかかるけどいちいち真摯に向き合わなくていい だってそれ全部ジョークだもん 問題の答えを探すのではなく、適切なリアクションをする←笑い飛ばしたり冷静に観察する
・大人になっても遊べない→遊べない理由は挙げられるけど遊ぶべき理由はあげられない。「遊んで暮らせるだけのお金ができたら、遊んで暮らそう」なんて無理→遊ぶために大義名分がないと遊べない
・自由時間を享受しながらお金も入り続ければいいけど、それは欲張りだ
→「いい加減お金を稼がないと」という気持ちが湧いたらまた稼げばいい 自由を売って得たお金で自由を買い戻す
・いつも「もっと時間があれば〇〇ができる」と考えるが、実際時間ができると何もやる気が出ない→本当は何かをしたからではなく、何もしたくなかったから自分の時間が欲しかったのでは その渇きをどうでも良い事や物で満たしているのでは。会社があるからできない→でも実際はやめなくてもできたなのに
→→そう悩むなら次同じ状況になったらやってみること/「自分は一つ終わらせてやっと次が見えてくる」
・失敗する確率=成功した時の達成感
→失敗しない”中間以上”を選び、自分の直感を使わないことで感性は落ちる。ランチ選びや映画選びも。「失敗してもいい。失敗したら後悔すれば良いだけ」
もっと下手こいてこう→それで失敗したら上の考えを持とう
・夢見た通りじゃない今の人生だってなかなか悪くはないと認めれば楽。ありのままの自分を好きになる
・嫉妬は自分と同等、あるいは格下の人間が自分よりも良いものを持っているときに生じる→だから自分を下げればいいのでは?卑下するのではなく自分が上と思わないこと。
以上