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正真正銘、大学アメフトのラストゲーム。一部昇格への入れ替え戦。

全てはこの日のために。

全ては勝利のために。


おやすみなさい。

そして、行ってきます。

約束の地に。


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しんどかった春と不安だった秋で今年もう13試合も消化したのか。

人生最初で最後のたった一年間の四年生も残りあと一試合。

入れ替え戦という大舞台を楽しんで勝てるように。


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これは自分の中でかなり好きなアメフト映画

TSUTAYAで借りて見るのは3回目だが、入れ替えへの切符を手にしている今の期間に見るとより感情移入してしまう。

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題名はこの映画の中でのヘッドコーチの台詞

確かにその通り、と思う。

昔、高校の監督に

なんで勝ちにいくのか?

と、問われ明確な答えを返せなかった。

チームメイトと価値に向かって取り組んでいく時間が大切だったり、

勝ち負けにより、周りの評価は変わる。

自分が最上級であり、自分のチームである今年、

勝った試合の観客席への挨拶で、OBや応援にきてくれた人が喜んでいるところを見れるのはすごく嬉しい。

感動を与えてもらった。と言ってもらえることに感動する。

勝つことにより周りの期待が日に日に大きくなることをすごく感じる。

勉強しろと言ったり、洗濯物が多過ぎると嘆いていた親の態度まで変わったと思う。

結果が全て
ということは
世間の反応は絶大
ということにつながる??


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今だから言えるそれはQBというポジションを志望したこと。

自分はあまり出しゃばらない性格。

小学校のサッカーではパサーに徹してた。ゴールするよりもアシストの方が心から嬉しかった。(ゴールを決めたときは、何故か自分だけが美味しい思いをしてることに気が引けた笑)

中学から始めた野球も、経験者に対して勝手に萎縮し外野手になった。

自分の原点とも言える高校野球でも外野手を続け、バッティングを重視した。

でもやはり、試合の大半は投手の影響に左右される。

最後の試合でもそれが顕著に表れたと思う。

投手をやればよかった、と後悔をしたことは無いが自分が試合に影響を及ぼすこと無く終わってしまったことは一生拭いきれないモノとして残っている。

アメフトには単純にボールを投げるパサーというだけでQBに魅力を感じた。

同時に、自分にリーダーシップがあるとは全く思ってはいなかったが、高校野球の経験を活かそうと思いOFの司令塔であるQBをやりたいと思った。

それも周りの意見を尊重する司令塔。

しかし、下級生のころは死ぬほど嫌だった。

自分の才能の無さ、QBの難しさ、
司令塔であるがための重圧、理想と現実のギャップ。などなど他にも原因は無限だ笑

つらさゆえに高校野球の経験を活かそうなんてことはとっくに考えられなくなり、なにを糧に部活とQBをやっているのかわからなくなる時期もあった。

また、周りの意見を尊重する ということは裏を返せば自分の軸や意見がブレやすいこととつながる。

あいにく、自分の一番身近な先輩は絶対的な王様。

しかも、やっかいなことにめちゃくちゃうまいヽ(;▽;)ノ笑 (もちろん尊敬できる素晴らしい人です)

比較されるにも満たず、日を浴びないQBは本当に本当につらくしんどかった。

でもだんだん光が見えてくる。

ドラッカーに出会い考え方に大きな変化があった。

4年になってやっと一本目。

経験の浅さが露骨に出た春シーズンは死ぬほどつらかったけれど、

QBとして、やってはいけないことを学んだ。

秋シーズン突入と共に始まった最後の合宿はやっぱり死ぬほどつらく、心が折れたけれど、

単純なことでも 継続は力なり を身を持って体感した。

リーグを6勝1敗で優勝した今、

どのビデオを見返しても、やっぱり自分がうまいとは一度も思ったことは無い笑

ただ、結果は事実!

優勝したという結果は確実に肯定される!!

自分なりの在り方でOFリーダーとグラウンドでのOFの司令塔に関して絶対的だと思ったことは一度も無いが、結果が全てならば正解。

肯定することができたリーダーも司令塔も、その環境を与えてくれたのはQBというポジション。

パサーで花形という最高のポジションで結果を残せていることが本当に幸せ。

自分が投げたボールをレシーバーがキャッチし、そこにラインが喜んで駆け寄って行くのが最高の眺め!!笑


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自分ができないことでも人に言うのはしょうがない。というかそれは良いことだと思う。

そうしないと下が成長しないからね。

むしろ自分ができないって自覚(←これ必須ね笑)してても、人に指摘する勇気がある人はできる人だと思う。

もちろん、言ったからには自分もできるよう取り組まないといけない。


でも、自分ができるのにやらないことを組織のためと人に言うのは指摘ではなくただの文句か憂さ晴らしにしか聞こえない。

どっちにしても、前者の方の指摘ならば他人に向かって発していたとしても、今や昔の自分に言い聞かせていると自覚できるものだと思う。


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