ホットフラッシュその後 | 記録と想い

記録と想い

~記憶がないということ~

解離性健忘症(全生活史健忘症)になって

続いている。


ただ、処方された薬の回数を増やしたことで、極端に熱いとか、息ができないくらい苦しいとかというのが、少し和らいでいる。


先週18日に自治体のがん検診の日に、前日の夜からの食事や薬の制限があって、検診はお昼までで終わったけど、その後用事を終わらせるために夕方まで薬を飲まなかったら、帰ってきたときに、9月10月の酷かったときの症状になって、体温も37.3℃だから、救急車🚑を呼びそうになった。スマホを手にして番号押す前に『あ、今日は薬を飲んでなかった』というのに気がついて。


電話するのをやめて薬を飲んだら暫くしたら少し楽になってきた。体温も楽になったと感じ始めたら〈36.2~35.8℃〉の間になった。



便宜上『ホットフラッシュ』という言葉を使っているけど、前記事で書き残したとおり男性更年期障害でもなく、甲状腺ホルモンの数値も一応正常値の範囲なので、自律神経のバランスの崩れ?ということらしい場合に、使ってよいのか?わからないけど、症状が、ホットフラッシュそのものであることには違わないので、あとで読み直すときでも、この記事を読んでくれてる人にも伝わるようにと、なんとか考えてかいている。当然体温は平熱がほとんど。


ただこの薬は元々、強いストレスや不安になった時だけ飲むようにとの処方だったので、常態化にならないようにしたいけど、いつまで続くのだろう・・・


『喘息』の「レルベア吸入」)、おそらく春先の花粉症対策の薬は仕方ないとしても、あ、ちなみに糖尿病の薬は今は止めている。状況次第なのでひつようなら先生の判断で飲むことも有るだろうけど。


できるだけ必要もないのに薬は飲みたくない。



ここからは別の話


歯医者さんの話だと小さい頃に必要以上にやたらめったら薬を飲まされたせいで、歯なんかテトラサイクリンで、白くなることのない酷い状態。これだけでもいじめられたりしたのかも知れない恥ずかしい思い?をしたと思う。汚く見えるから。普通じゃないのだ。


何年か前からそういことを考えたり出来る?するような?ことも出てきてから身のまわりのことを見回す?みてみたときに何もかもが普通じゃないだろうなと。心も気持ちもいったいどんな生き方をしてしまったのだろうって。



そして2011年の時にどんな想いで死にぞこなうような事になっていったのだろうと。そして何もわからなくなって。


少し前から世の中には『親ガチャ』という言葉が有るらしい。僕がどこまでその意味を理解できてるかわからないけど、自分なりに理解した内容なら、当たってると思う。


いわゆる偏差値ではない、『頭の悪さ』本当の意味でのバカ親の元に産まれたら、人として育てられないで狂ったモノになるのではないか。

 特別でなくても普通に人としての教育を身につけられれば愛情でも思いやりでも世の中のありのままを見ながらどうしていけば良いのか?間違う可能性は少なくなると思う。書き足りない言葉ばかりだけど、(特殊なケースは除く 例えば産まれた直ぐに両親が事故で亡くなったとか?色々あるだろうケースなど)


親や、その周りの大人などの環境に恵まれたら、お金持ち(どういうのがそれになるのがその辺はわからないけど)でなく、普通に生活できる状況であれば、なんにもわからないで産まれてきて生まれた瞬間から待ったなしの学びでも生き方でも覚えていかなくてはならないときに1番身近なお手本が本当の意味での『バカ』だったら、何一つ教えて貰えないまま時間だけが過ぎて、環境に恵まれなければ親以外の素敵なご縁でそういう人に相談できればまだ道も開けるかもしれないけど、『類は 友を呼ぶ』法則が当てはまったら、そういうご縁すら潰されてしまうのかもしれない。


       バカキチガイ親