「分散」と「拡散希釈」は違うもの | NEWT〇N投稿への道

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科学ライターへの夢は潰えても、あがきたくなるお年頃(泣)。
福島原発事故への対処を、希望をもって進められるように、
基点になれたら、本当にうれしいです。

最初に、これだけははっきりと明言しておきたい。
私は、日本で数々ある放射線に関する情報の中で、安斎育郎先生の出される見解がもっとも腑に落ちる。
また、彼の科学者としての誠実さを大変尊敬しているし、講義の最中にマジックを始めるという柔軟さも大好きだ。(今から25年くらい前、立命館大のオープンキャンパスで、彼の公開講義を聴講したのを忘れられない)

だから、ずっと彼の言動には注目してきたわけだし、
彼が福島の事故以来繰り返してとられていた内容、
「情報は包み隠さず知らせる」
「証拠を示して安心を与える」
「わからないこと(とりわけ低レベルの放射線の人体への影響)には、断定的なことをいわず、むやみに不安を煽らない」
は、私もネット上で文章を書く上で、旨としてきたところだ。

が、
彼の被災がれきに対する見解が、どうにも異論があるのだ。

もとはといえば、三島市の被災瓦礫の受け入れに対して、中日新聞に次のような彼の談話記事が載ったのだ。

「安斎育郎・立命館大名誉教授(放射線防護学)の話 放射性物質の処理は拡散させずに閉じ込めるのが原則だが、島田市が受け入れる1キロ当たり13ベクレルや40ベクレルというのは、自然界の放射線よりも低い。埋める基準の500ベクレルというのも相当低く、全くと言っていいほど問題はない。困っている被災地を助けようとの善意の支援で、良いことではないか」


現象論……とりわけ今回島田市が受け入れたものが自然界の放射線より低いレベルでしか放射線を出さない、というのは、事実であり、「良いこと」かどうかはともかく、「このレベルならば心配しなくてもよい」という見解には私も納得していた。


が、3月に入って安斎先生は、講演で「広域処理は愚の骨頂」とまで言われたという。

このことを私は、市民社会フォーラムのBlog で知った。


そのBlog記事に転載されている安斎先生の寄稿によれば、理由は次のように要約できる。


 ・危険物は「集中管理するか、分散管理するか」のいずれかだ
 ・この種のものは一箇所に囲い込んで集中管理しておけばよい
 (「別の方法が開発された場合にも切り替えが可能だが、分散するとそれも出来にくくなる」ため)
 ・事故原発周辺地域で残念ながら100年単位で生産や居住に適さなくなった地域があるので、2重の防護壁を築き、その中に封じ込めて集中管理することが好ましい

まず、この論で共感できる部分を先に書くと、

危険物は「集中管理するか、分散管理するか」
という対策案の限定である。今唱えられている「広域処理」は分散管理である。
分散管理というのは、一か所に集めきれない場合に複数の箇所に、固めておき管理する、というものである。
徳島県の環境衛生部門などが、専門機関の見解を曲解して、
広域処理を「拡散希釈」と同一視しているのと比べると、やはり専門家か違うな、と思ってしまった。

(「拡散希釈」は、かつてチッソの工場がやったように、危険物を海などの解放系に万遍なくばらまくことで濃度を下げて問題解決とするもの。
今の場合でいえば、放射能汚染された可燃物を野焼きしたり、海岸沿いの盛土にして流れ出すに任せることが、拡散希釈にあたる。それに対して、広域処理は、各地の廃棄物処理施設に集中して最終廃棄物を置くのだから、分散にあたる)


その通り、「集中管理するか、分散管理するか」という選択なのだ。
だから、この問題は「管理システム」の選択という、システムの技術的な比較で、どちらが適するか、を判定しなければならない。

 安斎先生が挙げている集中管理の利点としては、つまるところ、
「別の方法が開発された場合にも切り替えが可能だが、分散するとそれも出来にくくなる」
などの、管理の行き届きやすさや、技術・情報の共有のしやすさ、である。
確かに、これは集中管理システムの利点である。

一方分散管理システムの利点としては、
 ・絶対量が増えても破たんせずに済む
 ・一か所の事故が破滅的な破たんにつながらずに済む
という点がある。

今の場合、どういう特徴があるだろうか?
 ・総量は2400トン以上(福島浜通り地方を含まない);これは夢の島が二つできる量である
 ・放射性物質ばかりでなく、重金属や油脂・農薬などを含んでいる。

総量について言えば、安斎先生も想像しているように、
一か所に囲い込める量ではない。

(寄稿文にも
 「だから、高レベル汚染地域の中の比較的なだらかな地域を囲い込み、そこにがれきや廃棄物を搬入する。
一つの囲い込みエリアだけで足りなければ、いくつかの囲い込みを作ればいい。」
とある)

ましてや、重金属や油脂などを含んでいるということは、安易な破砕や焼却処理ができない可能性も高い。
(それこそ、「重金属や油脂・農薬」を拡散希釈することになるのだから!)
となると、可燃物すら燃やすことができず、瓦礫の体積を減らすことができないまま、処分施設に廃棄しないといけなくなり、ますます土地が必要になる。

試算もできないけれど、その面積は、夢の島の例から考え5km^2は軽く超えることになるだろう。


そんな巨大施設に集中管理して、効率的で安全な管理が本当にできるとは私には考えられない。

想像できますか?この面積を囲うには、最低でも4kmの壁を作り、管理しないといけないのです。裂け目がないか?等々、それだけの距離を日々管理して回らないといけないのだ。しかも、その作業をする人は、完全防護の装備に身をやつし、時間制限に急かされながら、点検するわけだ。見落としのリスク、十分な補修工事ができないリスクが考えられる。


それと、ぜひ冷静に考えてほしいことが、もう一つある。
その「放射能汚染地域にある廃棄物処理施設」で誰が働くのか?という根本的な問題だ。

100Bq/㎏のレベルの廃棄物を処理するだけなら、防塵マスク程度の装備とシャワーくらいの設備で十分であろうに、
その施設の周りが、例えば50000Bq/㎏のレベルで土壌汚染されていれば、廃棄物以外の理由で、毎度除染しないといけなくなる。
……なんというナンセンスだろうか?

上に書いたことは、被災地以外にも分散して、処分することで回避できる問題である。
「分散管理」のほうが、確実性が高く、必然的な選択というわけである。


安斎先生ばかりでありません。

みなさん、冷静になって再考してみませんか?