翁のインタビュー2 | 幸福学

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社会学、心理学、宗教学などの、あらゆる学問を参照しつつ、個々人の幸福の在り方について考察していきます。

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合氣道開祖、植芝盛平翁のインタビューを紹介します。

翁:武術こそ和合の道ですよ。和合の道にはずれたものは、なんの役にもたちません。わが国の武道は、和合あって続くものと私はいつも思っております。「うるわしきこの天地のみ姿は主のつくりし一家なりけり」で、精神的に一家族になって、日本の国をよくしなければならない。まず日本だけでもすみやかに和合していかなければならない。お互いに仲良く世話になったり、させられたり…

 このどだいになるのがすなわち合氣道です。合氣道こそ真の武道であります。覇道的に、ケンカ道具に使ったり、昔の大名が藩閥争いに使ったりした、こういういやらしい世界から逃げたいんですよ。

記者:突如始まりましたね、合氣哲学が(笑)。

翁:民主主義は即無抵抗主義です。日本の真の武道は無抵抗主義です。

記者:抵抗しなかったら武道は成り立たんでしょう。だから僕はきらいなんですがね。

翁:それは覇道的な武道です。日本の武道は剣道と柔道となっていますけれども、あれは勝てばいいじゃないですか。合氣道は和合をしたいんですから。ああいうものとはまったく違います。相手がかかってきたら、ちょっと体をよけまして、どうぞあなたのお好きなところに行きなさいとやるんです、合氣は。つまりその人に自由を与えるわけです。

記者:合氣道では剣を持ちますか。

翁:持ちます。剣は天地のあわせ鏡です。祭り事です。

記者:さァわからなくなった(笑)。僕はね、剣なんてものは単なる殺人用の凶器だと思っていますがね。

翁:剣は危険です。危険なものをもてあそぶというのはいけません。地球というものをいっぺん考えてみなさい。地球の上は我々に与えられた祭場です。だからお天道様をお祭りして、天の規則を地上にうつして、和合の道で政治を行っていくんです。天では戦争はないでしょう。何万年もお互いに仲よくやっているじゃないですか。地球が自分たちのものであるならば、きれいにお祭りをやって、お互いに仲よくしたらいいでしょう。

記者:仲よくするのに、剣はどうもいけませんね。あれがないと仲よくいきそうな氣がするけど。

翁:先生の剣とわしの剣は違う。剣はミツルギ、祭り事です。呼吸のあわせ鏡です。剣とみるからいけない。剣とみて、これをもてあそぶと人を殺すようになる。こうなるとこれは兵器である。人を斬っては世の中からの負けです。斬られた者も負けている。お互いに負ける稽古をしているわけだな。そうでしょう。負ける稽古をしておったから、しまいには日本はこんなことになってしまった。だから勝つ稽古をしなければならない。勝つ稽古は正しいことである。

 実地でお目にかけしましょう。剣の説明はこれでわかる。

 むこうがこう突いてくる。突かれたら痛いでしょう、だからすっとよけてしまうんです。さっと突いてくると、すっとよけてしまう。電気よりなお速いんですよ。

記者:電光石火より速い。

翁:電光石火は中国の言葉です。電光石火や電撃よりなお速いんです。これを勝速日(かつはやひ)というんです。武道の極意はそこにあるんですよ。

記者:武道ってものは卑怯未練なもんですなぁ。

翁:卑怯未練じゃないんです。自分が突かれるのが卑怯未練です。

記者:合氣道ってのは、よほど古くからあったんですか。

翁:これの根源は言霊の妙用。宇宙といっしょにできて、大自然のままに行われているんです。この世界は毎日大きくなって、拡大しつつある。日々成長をして、宇宙建国の大精神が完成されつつある。天も地も完成に向かっているのに、地上の人類は、ことに日本の今日をながめると、そこに目が覚めない人が多いのです。すみやかに新しい幸福を迎える時が来ているんですから、早く夢から覚めて、ふらふらしておる心をひとつに鎮魂して、仲よく一家族を形成してやりたいのです。

 わしはかみさんを信心するのが非常に好きで、合掌してお辞儀をすると、実にいい気持ちです。ありがとうございますという感謝ですね。朝起きると手をたたくんですが、「お父さんはずいぶん古い」と子供が笑うんですけれど、「わしはいちばん新しい、モダンじゃ。なぜかというと、わしは宇宙を自分の腹中に蔵しておる。神代の昔から今日も未来も腹中に蔵しているからだ」というんです。

 健康な者に神が宿るんですよ。健康な者には偉大なる力が与えられるんです。太陽をながめてごらんなさい、まばゆいでしょう。私は少しもまばゆくないから、心ゆくまで太陽が拝める。仲よしになっておる。太陽がそばに来ているんです。お星さんがひとつ落ちても自分の身に影響するんです。共に暮らしているんです。

記者:少し昔話をうかがしましょう。武勇伝を話してください。

翁:ある時に大本教の出口王仁三郎のところへ行った。そうするとね、こんな太いシイの木を移植するというので、多勢の信者がこんな棒を入れて引っぱっているんだが、ビクともしないんです。わしはそれを見て急に動かしてみようと思ったんです。

 その瞬間に、全身が湯に入ったように真っ赤になってぬくもってきて、ハラハラと涙が出てきた。慷慨悲憤(こうがいひふん)の涙が出てきた。なぜこの世界は仲よくいかんのか、日本だけでもすべてが仲よくいきたいという、慷慨悲憤の涙が出てきた。

 そうすると今まで何十人の人で動かないのが、わしが一人でやるとすうっと動いてしまったんです。慷慨悲憤の涙で力がついたんです。出口王仁三郎先生が、「植芝は神がかりじゃな」といったんです。

記者:神がかりは出口王仁三郎のほうでしょう(笑)。

翁:それで力蔵という名前をとったんです。三百貫くらいの石橋を一人でころがすんですよ。

記者:その頃は、大本教の信者におなりになったんですね。今は?

翁:今はむこうで認めてないでしょうね。

記者:大本教を信ずる氣になったのは、どういうことからですか?

翁:父の病気を治していただいたんです。

記者:治りましたか。

翁:亡くなったんです。亡くなったということは治ったことでしょう。生きてきるから病氣というんでしょう(笑)。

記者:非常に神秘的な言い方をなさるので、どうも…(笑)。

翁:今は平信者の仲間に入れておいてくれるんですよ。大本教というのは大なる民主主義ですね。出口王仁三郎先生ぐらい偉い人は知らんね。あの方は大なる民主主義者です。共産党と間違えられたことがいくらもあります。大した人物ですよ。あの方に教えられたのは言霊学です。これは習ったんじゃないんですよ。そばにおって自然に覚えてしもうたんです。

 その頃大幹部の二人のエリ首をひっつかんで夜の十二時ごろ、家までぶら下げて行ったことがあります。そういうムチャをせんでくれというんですが、君らの意見はくだらないというわけで、ひっつかんでさげて行ったんです。わしは何回も試合をやったけれども、一回も負けていないんです。竹刀をかついで回ったこともあるんですが。

記者:お相撲さんのだれかも、あなたに負けたことがあるんでしょう。

翁:天竜さんと大ノ里です。大ノ里がここにくらいついてきたのをひょいと掴まえて投げたんです。天竜さんの時は橋本虎之助という方がおりまして、この方は氣の毒にソ連で亡くなりましたが、この方が天竜さんに、「ひとつやってごらんなさい」といわれたんですが、天竜さんは笑っているんですよ。六尺何寸かで三十何貫でしょう、こっちはこんなに小さいし、相撲にならないんですね。「まぁ試しにやってごらんなさい」というわけで、わしがちょっと手を握って、「しっかり押しなさい、よろしゅうございますか」といって、(むこうが)一生懸命に押すのを、「えらい力がないですな」といいながら、ぱっとやったらそのまま引っくり返っちゃった。わしは座ったままでいいんですよ。

 日本の平和武道ですべて和合ですから、落ち着いていうるから力があるんです。氣負ってやると自分で負けるんです。すなわち合氣とは正しいものに打ち勝つという意味です。自己の剣に自分が打ち勝つのです。勝速日というんですが、日月、地球よりもなお速い。なぜかというと宇宙は自分であるから、宇宙に速いも遅いもない。これ以上のものはないんです。