昨日たまたま書店で尾添椿さんという方の
【生きるために毒親から逃げました】という本を読み
私の黒歴史がフラッシュバックして息苦しくなった。
20歳位の時から8年ほどカウンセリングに通い
インナーチャイルドの癒しなどしてきたはずなのに、
心の奥に封印しているトラウマを刺激されると
防御反応から記憶が飛んだりする。
記憶というものは芋ずる式で
一つ刺激されると次々と掘り起こされるものだ。
虐待と言っても様々な種類があり、
明らかにわかる肉体的な暴力のものもあれば
言語的虐待や、無視、ネグレクトなどの育児放棄系もある。
この本に登場する母親は、
言語的虐待系。
虐待の残酷さにヒエラルキーはつけられないが、
この手の無神経な母親の常識を逸脱した言動は
子供の心の奥を周囲に気が付かないように徐々に深くえぐることが
もしもその心を可視化できるのであれば
全身ギブスの複雑骨折、全治30年くらいの瀕死状態。
肉体的暴力と違い、食事やお金は与えられるので
児童が訴えても、児童相談所も動かないケースが多い。
これがその手の虐待が陰湿に固定化する原因だ。
私も学生のころ二度ほど児童相談所へ相談したが
誰も何も助けてくれなかった。
その時感じた、
今でも完璧にはぬぐえていない。
こういった虐待の二次被害も見て見ぬふりする風潮の日本では特に
うちの家族も、言語的虐待が6割、肉体的が3割くらいであった。
この母親のぶっとんだ言動によく似ているので、
読みながら激しく共感した。
例えばこの著者は母親に痴漢に合ったことを相談すると
【あなたがレイプされたら周りはどう反応するかしら】
りんごアレルギーでりんごを食べると命の危険があるのに
成人後大量のりんごが実家から送られてきたり。
起き上がれないほど体調が悪い時も放置され無視されたり。
そういう心の奥が凍るような陰湿ないじめを繰り返すのが
私の実家での体験とも似ていて、
私の場合、虐待被害の6割くらいは乖離してしまっていて
記憶が飛んでいるのであるが
(
この本でよみがえった記憶は次のようなもの。
・
私を「汚いもの」と決めつけていて
わたしだけ1ミリでも布団に触れると「汚い!布団が汚れる!」
・お風呂の順番が、
それを守らないと殴られた。
・私は二段ベッドの下がよかったので弟のベッドに寝てみたら、
・私がお風呂の後は、
・風邪で布団に嘔吐したときに、心配されるどころか「
・お風呂からあがったときに用意されるタオルが、わたしだけ雑巾
・外国の男性とデートしただけで「エイズがうつるから近寄るな、
・お前にかけた教育資金と学費を返せ、と怒鳴られる
・喧嘩すると弁当を白飯だけにされる
・彼氏と喧嘩したことを相談すると、
そんな母親だが、父親から殴られていている時だけ、
わたしになぜがお金をくれて優しくなることが多々あった。
(ふだんは弟と違い、わたしだけ1円ももらえない。)
私の中ではお金とは、父親に母親がなぐられると
もらえるもの、というゆがんだ認識が幼少期から形成されました。
今日思い出した記憶は意外と肉体的暴力が多かったけど
膨大な虐待の記憶が頭の様々な場所にとっ散らかっているので
言語的暴力の記憶の扉は今日は刺激されなかったのかもしれません
ただ昨今のウイルス騒ぎで私がよく思い出す母の言葉は
「あんたはウイルスのような女。
「早くくたばればいいのに」
と冗談のように笑いながら言われてました。
家族の中にいると麻痺して私も笑っていましたが
今思うと背筋が凍ります。
「早くあの子不整脈で死なないかしら」と、
聞こえてきたこともあります。
そんなこと友達に言われたら縁を切るのに
なぜ母親だと、
おそらく無力な幼少期の脳が、
そう勘違いさせて間違えた学習をするのかもしれません。
だから私はいまだに残酷なことが愛情なのか
優しさが虐待なのか混乱することがある。
優しくする人を恨んでしまったり、
麻布の家族機能研究所でこのような機能不全家族からの
回復方法を長年学んでいたのですが
それでも、20年の虐待にはその倍の年月が回復に必要です。
そこにかかる時間も経費も、
それでも、
生まれてきたのがアンラッキー。
だからせめて、体験をシェアして記憶の統合性を呼び戻し、
同じ体験者のサバイバーへと変化するためのストーリーとして発信
そういった意味でも
とても価値がある一冊でした。
読んだときはつらかったけど
出会えてよかった本です。
こちらの本です。
5dd47ede44f18ea013974c0878b86d