先日facebookにも投稿しましたが

母との仁義なき戦い・・

この原因を考えてみると、

やっぱり母娘の問題はずっと昔に遡ります。

 

 

わたしの眉も太いですが、母もそうとう気が強そうな太い眉です笑い泣き

 

子供のころの母の印象は、というと

ほんとうにおとなしくて我慢強く

余計なことを言わない賢くて強くて優しい母でした。

はい、これ以上ないくらい褒めました爆  笑

ずっとそう信じていたんです。

たしかにわたし。

 

いえ、きっと私だけでなく、家族もみんな。

うちの母は香川県から嫁いできましたが、

周囲からよく父は「婿さん」と思われていました。

それくらい、祖母と母は仲が良く、

祖母は母に全幅の信頼を寄せていました。

 

「もしあんたたちが離婚するようなことがあったら

出て行くのはあんただからね!」

と父に言っていたほどです。

(でもホントは笑えるほど父のことが可愛かったのですが)

 

それだけに子供のころのわたしは

「母の言うことが間違うはずない」

といつのまにか信じ込んでいました。

 

何をやっても母には敵わないというある種トラウマのような感覚もあり

子供のころ、母の言葉や態度が

わたしを傷つけた、と感じることがあっても

それはわたしが悪いからだ、、、と思い込んでいたのです。

それは意外に根深くて、

おとなになってもそれは続きました。

 

60年にもわたって長年続けた食料品店をやめて

カフェにするといった時も、自分の貯金まで貸してくれて

快く引いてくれたのには、驚き、

ほんとにすごい人だと心底感心したものです。

 

ところがところが、

カフェをオープンしたあたりから

少しずつ片鱗が見えてきました・・・笑い泣き

 

「あれ?あれ?」

「?」

「?」

疑問符がたくさんつくようになり、

あるとき確信に変わりました。

母はあまのじゃくだったのですガーン

 

超自由人であまのじゃくの目立ちたがり屋びっくり

わたしたちが「妖怪手柄取り」と名付けるほど

なんでも「わたしが〇〇したから」と

手柄を自分のものにしたがります。

50年娘をしてきて知らなかった母の一面に驚きました。

 

母はこれまでお店で商売をすることが本当に好きで

みんながそれを「よく働くね」とか「我慢強いね」

と言って称賛するので、承認欲求も満たされ

誰にも遠慮することなく好きなように

楽しく自己表現できていたわけです。

 

だからそこで自己実現ができていたので

それ以外の細かなことにはほとんど興味がなかったのだと

わかってしまいました。

人格者でも、我慢していたわけでもなかった・・・!

 

だから子供のころに

まさか母がそんなことを言うなんて。。

と思ったあのこともこのことも

母の性格がわかってからは、「やっぱりそうかムキー」と

怒りポイントがたくさん浮上してきて

その怒りを昇華するのにけっこう時間がかかりました。

 

とはいえ、長く占星術を学んできたので

母の持つ特性とわたしの特性から、

まあそうなるのも無理はないか・・という理解もでき

もっと言うなら、その体験をしたのは

ほかでもないわたしの選択だということです。

 

 その自由さの背景には

強さばかりではなくて、母なりの

弱さや葛藤もあります。

でも、自由に生きるという選択をしてくれたことで

実はわたしたちが一番助かっているのです。

今日も自由にやりたい放題で元気いっぱいですドキドキ

 

母と子。

この地球で、生まれて初めてのかけがえない

体験を分かち合う約束をしてきた

切っても切れないこの関係性は

素晴らしいものばかりではないかもしれないけれど

その体験はすべて、ほんとうにすべて

わたしたちが自分自身になっていくために用意された

スペシャルな道程です。

 

それがどんな体験であっても、

そこには必ず「愛」があり、それに気づいていくことが

自分自身の人生に、より光を当てていくものとなるのでしょう。

 

わたしは、最近、カウンセリングを通して

さまざまな体験をお聞きします。

そして思うのです。

すべて素晴らしい自分自身へと続く道です。

 

もし、そう思えない時は、わたしでよかったら

お話を聞かせてくださいね。

一緒に答えをみつけていけると嬉しいです赤薔薇