世の中には平気で嘘をつく人がいる。そして、僕も50にして平気で嘘をつく人間になった。
僕はもともとどちらかというと嘘をつつくことが苦手だった。嘘をついたことがないわけではない。でも、そこには、良心の呵責というか、嘘をつくことに対しての煩悶というか、心の中のうずきみたいなものがあった。道徳心というか、嘘をついてはいけないという枷みたいなものがきっちりと体に食い込んでいたのだ。それは繰り返し両親や、学校の先生から刷り込まれ、僕を留めていたはずだ。
嘘をつけば僕を締め付け、大した事ない人間であったとしても、人としてある程度真っ当で、悪い人間ではないと言えた。少なくとも嘘をつく人間ではないと。
しかし、嘘をつくようになるとこれまで自分を留めていた枷がはずれ、自分を形作っていたものが崩れていくような感覚がある。全ての物がどうでもよくなるような。
子どもで万引きとかをして捕まり、注意をされるのだがまったく響いていない子が時々いたりするのだが、こんな感じかなと思ったりする。
どうでもいい。楽しければいいじゃん的な。
そう考えると、世の中全体がそんな感じになってきている気がする。嘘をつこうが、人を騙そうが、お金が儲かればいい。バズればいい。人を傷つけてもいい。
しかし、嘘をつくようになるとこれまで自分を留めていた枷がはずれ、自分を形作っていたものが崩れていくような感覚がある。全ての物がどうでもよくなるような。
子どもで万引きとかをして捕まり、注意をされるのだがまったく響いていない子が時々いたりするのだが、こんな感じかなと思ったりする。
どうでもいい。楽しければいいじゃん的な。
そう考えると、世の中全体がそんな感じになってきている気がする。嘘をつこうが、人を騙そうが、お金が儲かればいい。バズればいい。人を傷つけてもいい。