人の命の重さを考える | だから厚木!

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安倍晋三元首相を襲撃し殺害した山上被告に無期懲役の判決が出た。



現役首相ではないものの、近年の中では衝撃的な事件であり、長い歴史の中で将来に日本史で取り扱われる可能性もあるのではないだろうか。



さて、山上被告が問われている「殺人罪」は、故意に人の生命を奪う犯罪で、法定刑は死刑、無期、または5年以上の拘禁刑(旧懲役)です。殺意を持って実行行為(殺害の危険が高い行為)を行い、結果として死亡させた場合に成立します。とある。


それに対して、最近テレビで目にした判決としては、大分市の県道で時速194キロを出して車を運転し、死亡事故を起こしたとして危険運転致死罪に問われた事件で、高裁の判決は危険運転を認めず懲役4年半。



また、2024年、群馬県伊勢崎市で家族3人が死亡した事故で、危険運転致死傷などの罪に問われている被告の裁判で、被告や弁護人が運転時の飲酒ではなく、事故後にパニックになったので、気持ちを落ち着かせようと飲酒したものであり、危険運転には当たらないと主張しているとのこと。


この2つの死亡事故の遺族の気持ちを思うと胸が苦しくなる。



安倍晋三元首相の奥様が、判決後に「かけがえのない家族である夫の命を奪い去った罪を償っていただきたい」とコメントしたが、死亡事故の遺族も、かけがえのない家族の命を奪い去られた事実で嘆き悲しみ、今回の判決や裁判で「かけがえのない家族の命を軽く扱われた事実で2度も3度も傷つけられている。



先ほど書いた殺人罪の定義をおさらいしてみよう。


論点は以下の2点だと感じる。


1. 故意に人の生命を奪う犯罪


2. 殺意を持って実行行為(殺害の危険が高い行為)を行い、結果として死亡させた



ここでまず、飲酒運転や県道を194キロで走行する実行行為には、事故を起こす可能性があり、その事故においては、最悪人を死亡させてしまう可能性がある事は明白だ。これはもう「殺意を持った実行行為」と言って良いのでは?などと言うものでなく、言って良い!!確定‼️


結果として、人の生命を奪った事実から「殺人罪」でよくないか?しかも「故意」の度合いも悪質過ぎる。危険運転も認めない事から反省の意思もない。判決的には無期懲役に近くて良い。



山上被告の犯した罪は、決して許されるものではないが、俗に言う親ガチャの最悪バージョン、親も裁判に出廷し「私のせい」と証言したにもかかわらず、情状酌量はなし。


それに比べて、死亡事故の判決は遺族をさらに法的に苦しめる。



死亡事故で殺人罪を問えないなら、もう「殺人罪」と言う罪名をやめて、「重過失致死罪」と名前を変えて、飲酒運転や一般道で194キロで運転する行為も刃物を振り回す行為と同じ、「重過失行為」と定義して、その行為で人の生命を奪った場合は法律的には同じように扱う事で、人の命の平等性が担保され、遺族が法的に何度も苦しむ事にならないのではと思う。


私がテレビでよく視聴する「警察24時」的な番組では、飲酒運転で検挙されるシーンが後をたたない。


その時の警官の言葉は「ここで捕まって良かったと思わなきゃ。下手したら人の命を奪ってしまう結果になる可能性があるのだから、二度とお酒を飲んで運転したらダメだよ」と諭すシーン。スピード違反運転も同じ。



交通事故の現場の現状を熟知する警官は、飲酒運転やスピード違反が「人の生命を奪ってしまう可能性がある行為」と定義しているわけで、刑法の定義と大きくかけ離れてしまっている。このような刑法では抑止力も働かないので、警察24時がコンスタントに放送されるわけだ。


もっと世間の実情に合う、人々が安心して暮らせる日常を守る、抑止力にもなりうる法律であってほしい。