阪神淡路大震災に想う | だから厚木!

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震災から31年が経った。


32年前まで兵庫に住んでいて、前の年の5月に千葉県に引っ越したばかりの一月に発生した震災。



出勤を控え、家内がまだ寝ているのでそっと寝室を抜け出して今のテレビをボーッと見ていたその時だった。ニュースの途中で、大きな揺れを感じたとのこと。スタジオやアナウンサールームで周りのものがユッサユッサと揺れる映像が流れた。


ここまではようある話。いつもならば、続くニュースには、慌てて外に飛び出した老人が怪我をしたとかの話で終わるところ。


それが、あれよあれよという間にビルの倒壊や高速道路が崩れ落ち、バスが落下寸前と言う衝撃映像が飛び込んでくる。


自分が少し前まで住んでいたところ、遊びに行った三ノ宮駅前、神戸港のポートタワーなどが映画の中のCGかと疑うような惨状だった。


会社の同期である友達が行方不明だとか、知人のお母さんが入院とか、色々な知らせに眠れない日々を過ごした事が昨日のように思い出される。


ただ、昨日は夕方のニュースで震災の追悼行事のシーンが流れるまで忘れていた。



あぁ、こうして人の記憶から忘れ去られてゆくのかと。もちろん、震災で被害に遭われた方は一生忘れられないであろうし、今でも心を寄せている方はたくさんいると思う。


でも、自分のように当時色々と周りでバタバタしたのに忘れ始めてるわけで、何も関係のなかった人々の事を思うと、東日本大震災のインパクトの方が大きくなっているのではと想像してしまう。


人気俳優などをふんだんに配置したドキュメントドラマなどで人々の記憶に残るような工夫が必要だと感じる今日この頃だ。