頭ではわかってるけど、本能がそれを拒む。だから人間は、一個人の中で葛藤するわけで。ほんの何ヵ月か前はそれが毎日のように続き、苦しんでいたのかもしれない。年を重ねれば重ねるごと理性というものが発達してゆく。けれども理性によって自分を偽りたくはない。本能と理性。そして両者が葛藤している。そんな場面を冷静に客観視することが大切ですね。
今日、兄にカナダへ行ってくると告げた。
兄の分まで生きようとは思わない。私の人生だから。
兄が死んだとき、私は両親にそう言った。
けど今は違うんですね。
お兄ちゃんのためじゃなく、あくまで自分のためなんだけど
奴の見れなかったもん、感じられなかったこととか代わりにあたしが見てきてやるよ。
そんな感じかな。代理って感じ。
福引きで海外旅行一等賞があたりました。けど、私は行けないので代わりに行ってくれる?みたいなね。
兄が死んだとき、泣きながら母はあたしにこう言った。
海外だってどこだって、あんたの行きたいとこに行っていいからね。
まぁ、普通なら手元に置いておきたいじゃない。息子いなくなってただでさえ淋しいのに。なのに母はそう言ったんだよね。
要は生きてればいいってこと。どんなに離れてても生きていてってそういうことなのよ。
逃げたかった。異国の地に。けど今は違うな。逃げるとかじゃないんだ。
いろんな期待や不安を確かにしていく時間という概念。これだけにはかなわないな。
生身の人間でありたい。あり続けたい。
今までブログを読んでくれた皆、ありがとう。
このブログと共に自分は大いに成長できたって思ってます。この記事を持って終了です。
れもんてぃ