一歩ずつ歩いていると、微妙な感情の変化や、価値観の変遷が分かってくることがあります。

同じことをしていても、見え方が数年前と今とで、かなり変化していることに気づいたりします。

 

生きていくことに楽しさとか歓びとかをあまり求めなくなったように思います。

うまくいくのも、そうでないのも、自分には見えない他意の力が沢山働いていて、私には操作できないものだと理解してきたからかもしれません。

 

抗っても、流されても、同じ自分なら、後者の方が生きやすさはあるでしょう。

思うように生きようとしてみると、いつも周りとズレを生み、そのことで孤立していくことが多かったように思います。



時々、神様が見ているような気分になる時があって、そう言う時は、多少の失敗やエラーも先々の何かになっている気がします。

ただ、時々神様が見てないような時もあって、今でも「あの経験の伏線は全然回収されてない」と思うことがあります。

 

楽しく生きることが今も怖い、笑顔で生きることが怖い、

これは昔、まだお調子者体質でヘラヘラしていた時に、他者にいいように使われて傷ついたことの防衛反応みたいです。

 

安心感の中で、自分の苦手なことはせず、外部からの刺激を感じずに、淡々と夕空の美しさを眺めていたいところですが、

今はまだ、そう言う状況にはなく、疲れながら毎日を過ごしています。

 

何者にもなれませんが、誰かの何かにはなれるだろうから。

恋愛や結婚、家庭などとは程遠い、孤独な景色はずっと続いているけれど、今の中になんの予兆も前兆もなくても、何かにはなっていると思っています。