暑い日が続いてます、、
雑記のように、ただ文章を書いているだけの男です。
人と話すより、文章書いている時の方が、気持ちが落ち着きます。
そういえば、、
人の話を聞いていて、素直に受け入れられない言葉や、反感を持ちながら頑張って聞くような場面が多々あります。
それって、自分の感情で消化できてない感情があるんだな、って気づくようになりました。
例えば、他人の家族自慢のような話を聞いていると、私の中での家族間での満たされなかった思いが出てきて、素直に受け取れなくなります。
同年代の人の、子育てが大変なんだよね、みたいな話も、自分は家庭を持つとかそういう安定的なものに憧れはあったけど、これまでうまくできなかったから嫉妬心が出てきてしまって、素直に受け取ることが難しいです。
一例を挙げるとそんな感じです。扉が閉じてしまうような感じになります。
メンターの女性がいて、その人に教えてもらったのが、消化不良な感情がある場合、「自分の中だけで嘆く」ということが大切だということでした。
未消化の感情は、そのままになって、何年も体の中を彷徨っていきます。
時間が経てばサイズは小さくなるのかもしれませんが、明らかに残ってはいます。
嘆く際のポイントは、「自分の痛みだけに集中して、叶わなかった願いを自覚すること」だと言っていました。
私がそれをしていくと、涙が溢れてくることが多かったです。
強い怒りや、嫉妬心の向こう側に、「この世界で私は一人で生きているように思える」と体操座りをして下を向いている自分がいました。
過去のことを思い出すのは苦しい作業で、私の場合はいつも涙が出てしまいますが、自分の感情に共感し続けていくと、「自分は今まで本当に頑張ってきたんだな」と思える瞬間が必ずやってきます。その時に、少しだけ消化不良だったものが消化された感触を持てます。
強い痛みは、一度や二度の自己共感では癒すことは難しいようです。
同じことを何度も、ベッドの上でやって、少しずつ自分を赦していくような作業です。
怒りや嫉妬、恐怖の裏には、自分にしか分からない「過去の満たされなかった感情」が隠れていることを知ってから、
嘆いていくことの大切さをひしひしと感じています。
「 常に淡々としていなければ例のトンネルに引き戻されてしまう」といった怖れの感情の中に、過去に満たされなかった繫がりや、誰かに助けを求めたくても自力で抜け出すしかなかった孤独感、その時切望していた「安心感の中で生活すること」が満たされていなかったのだという「嘆き」があるのだと分かって、自分に優しい気持ちになれました。
これは、NVCという、心理学+平和的解決方法の考え方を実践している方から教えてもらったことで、色んな心理学をかじってきた私の中で、ここ数年一番影響を与えています。
ヒップホップはやっぱ良いですね、最高です。
ラップばかり聞いています。厳密に言うと、レゲェ+ラップみたいな感じ。

