今年の夏は、自分のできることをなんとか頑張った。
家の仕事を手伝うことができた。
知人から見た私は、「問題と向き合い過ぎている人」のようである。実際そうだと思う。
私もそれは分かっているが、昔から、楽しんだりふざけたりすることよりも、何かに向かうことの方が気持ちが安定することが多かった。
自閉症スペクトラムの人の特徴と少し似た性質を持っている。
私は、取り柄のないつまらない人間のはずなのに、支えてくれる人が遠くに何人かいるのは、どうしてなのだろうと思ったりする。
知人や家族からしたら、「仕事のことばかり考えなくて良いのでは?他にも大切なことはあるよ」というのが本音だろうが、私にとっては向かう先があるかないかが一番大切なので、もし目標や道筋が消えてしまったら、多分鬱症状が出てしまう気がする。知人には申し訳ない、と思う。なかなか安心させることができなくて。今回は、体感的に結構危ない感じがしていて、毎日焦っている。何回か症状自体は経験しているので、予知できるようになってきた。
自分のことを一番よく知っているのは私だから、人から「無理しすぎ」と言われても、やらなきゃ後ろから闇が襲ってきてしまう。
何もしなけりゃダメになるし、何かすると嫌なものに遭遇してダメになるリスクがある。しかし何かして、道が開ける可能性もある。だから後者に賭けるしかない。苦行や修行のような世界に昔からずっといる。それはとても苦しいというのが本音だけれど、私の性質はこうなのだからどうしようもないと思っている。
これでも少しはマイルドになった方だとは思う。
人を好きになる経験をしたい。
自分は、性別を持たないロボットのような感覚を持つことがあって、よく「自分は誰なんだろう?」と懐疑的になる。
社会に貢献したい欲はずっとあるが、その気持ちを私から引いたら、私には何も残らないだろう。
一本の管となんら変わらない気がする。
だから、目標を持つことは、私にとっては死活問題だ。
人を好きになる、という経験をしたら、ロボットから少し人間に近づけるかもしれない。そんな希望を抱いている。
ひょっとしたら、自分の生活に漂う漠然とした不安感や、生きる悲しさみたいなものも、少しは変わるのかもしれない。
焦りがなくなるかもしれない。
多分、こういうことを想像すること自体が、希望になっている。
今日はちょっと弱気になってしまったが、明日にはまた息を吹き返すだろう。
水がきれいな場所や、海に、今週行こう。
海は最近行けてなかったことに気がついた。
