まとまった休みも、独身だと何をしたら良いか分からない苦しい時間になりやすいので、家で鬱っぽくならないよう出掛けることにしました。


私の住んでいるところは本州右寄りで、関西方面はよく知りません。以前から出雲大社に行ってみたいと思っていて、遠すぎてやる気が失せていたのですが、今回は意を決して行くことにしました。丸一日悩みましたが。


金もだいぶかかるし、よく知らない神社に行くのも心境的に厳しかったのですが、とりあえず少しずつ西に進んでいたら、丸一日かけて辿り着きました。



と言っても、人が予想以上に多くごちゃごちゃしていて、巫女さんたちの表情が接客疲れで◯んでいたので(笑)、まあこんなもんか〜と思いながら帰路についています。行って良かったとは思うけど、もう行かないかなぁ。。😅


試してみて何にもならなかった経験なんて山ほどあるので別に気にしてません。



京都の白河の辺りで京都ラーメンを食べたのですが、天下一品の方が旨くて、おい!となりました。

四条の辺りに、仏教書の専門店があったので少し立ち読みしました。頭を剃ったばかりだったので、仏教の関係者に見えていたかもしれません。

京都は20年前に辛い思い出があった場所で、その場所を再訪したりしました。時間が解決してくれるものがあることに気付きました。


1人で旅していても、楽しくはありません。

虚しくならないために足を動かしているだけで、ニヒリズムと対決してるような感じです。


この一ヶ月くらいで、マッチングアプリで10人くらいイイねを送ったのですが、何にも返ってきません。笑

私の見た目が良くないことは、遺伝子を残そうと思う相手を見つける上で少しもメリットがありません。笑


どんどん狭くなっていっている気がしています。😅



自分を責めてしまえば、私もまた薬のお世話になりそうな人間なので、それはしないようにしてます。生きやすい性格じゃないおかげで沢山工夫してきたから、今は小さなつまずきでは転んだりしません。多分、その辺の人より、現状をなんとかする引き出しは多いと思っています。


自分を責めず、他人と比べない。

自己を愛し、次の行動ひとつとっても自分を大切にできているか自問する。

昭和生まれの人はスパルタな世界で生きてきた人が多いです。


自分を大切にできなきゃ人を大切にできません。

自分を愛せなきゃ、人を愛せません。

これは真理だと思います。


慈悲の瞑想で大切なのは、まず自分の幸せを願うことだと、スリランカの高僧も本の中で仰っていました。